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少色適当なことを適当に書きます。
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消えてしまったあの人について
 自慢だけど、私はフォロワーの中でも割と早くに気づいた方だと思う。朝起きてまずやることがパソコンつけて人事ったーでフォロワーの増減の確認、各種ブックマークの確認、までして異変に気づいた。その時点では人事ったーのデータ上では表示されていなくて、ただ二人分フォローイングとフォロワーが減っていることだけが分かったのみだったのだが、ブックマークの確認でメインのブログとサブのしばらく更新がなかったブログの両方が消えていたことに気づいて愕然とした。でもその時点ではまだ望みというか、探せばいるんだろうし前から話していたmixi辺りにでも非難しているんだろうと思っていて、まったく利用していないmixiにログインしてあの人と友人であろう人を伝ってみた。ところが、Twitterで名前を聞くいろんな人がいるのに、それらしい人が友達一覧にいない。あの人だと判別できるようなアイコンがどこにも存在しない。これにはさすがにびびった。何かの間違いじゃないかと思ってTLを見ていると、どうやらそれに気づいた人がちらほらと見受けられ始めた。土曜日の朝のことである。
 本当はあんまり話題にしないつもりだったのだけど、増田(というらしい)の話を読んだり、だいぶ事実が広まり始めたので、一応、自分にとっての整理について書いておくことにする。というか、研究論文だの教科書だのでないのだから、自分のためでない文章にはなりようがないのかもしれないけど。

 私にとって、インターネットで誰かと交流することは年上の人と交流することだった。話が10年以上遡るがそこからでないと話にならないので勘弁して欲しい。我が家にパソコンとインターネットがきたのは、正確には覚えてないけどOSがMeだったころだ。当時はそれ以前のものなんて全く知らなかったら何の不満もなく使っていたけれど今思えばよくあんなもの使ってたなという話だ。さてその頃からパソコンを使っていたなんていっても大分遅れて入ってきたんだなと思う人もいるかもしれない。しかし、場所は東北の岩手県である。パソコンどころかワープロですらハイカラな土地柄である。少なくとも我が家は同級生連中(といっても1学年1学級で24人しかない)各家の中でも2、3番目の速さでインターネットに触れることが可能になったはず。ちなみに私以外の二人のうち一人は地元で一番いい高校に無事進み、もう一人は高校卒業後浪人して、3.11の頃は東京にいたとかいう話を聞いた。

 当時の私は小学生なわけで、インターネットをしていて年下と交流があることなんてほとんどなかった。ゲームの掲示板やら小説投稿サイト等でチャットをしていても、その人たちは大概が私より年上であり、当然のことながらいろんな技量や経験が圧倒的にあちらが上なわけである。
 
 そういったわけで、私にとってインターネットとは、年上の人たちがすごいことをしているところ、という認識であった。高校の頃は丁度ニュー速vipで野菜レイパーがスイカをレイプしたりケツに人参やらナスやら突っ込んだりしていて、イミフwwwwうはwwwwおkwwwwが現役だった時期であり、この人たちはなんでこんなに面白いんだと思ったり、当時流行していたケータイサイト、エムペとかがニュー速vipの影響で炎上したり学校や氏名と特定されたりしていて、vipperは敵に回すと恐ろしいが味方にすると頼りない、という標語を本気で面白がったりもしていた。
 大学に入ることにはそんな熱は冷めて、何でこいつらは毎度毎度ロリコンの定義で同じような会話をするんだとか、近親相姦の是非について同じ話題をループさせてるんだと苛立つことのほうが多くなっていた。そりゃあ2ちゃんねるは匿名の掲示板であり人も入れ替わるのだから同じ話題が繰り広げられるのに苛立つ欧がアホというもんなんだが、それでもとにかく2ちゃんえるへの情熱はなくなっていた。

 そんな中、Twitterを始めた。やっとTwitterが出てきた。前置きが長すぎた。初めてすぐの頃は何をどうしたらいいのかも良く分からんかったけど、ふぁぼったーとかの周辺サービスとか、ロリで検索sて出てくる人をフォローしてみるとかで、なんとなくどういうものなのかは分かり始めた。私が実写麻雀牌アイコンだった頃の話。転機がきたのは文学フリマに初めて行ったころ。その直前のGW最終日、アニソン三昧を聞きながらさよならピアノソナタを読んで致死的ダメージを受けて、何をトチ狂ったか高校時代に担任から貰った写真の詰め合わせを見て自分に追い討ちをかけたせいでスカイプで5時間を越える通話をして、その数日後には文学フリマに行くための東京行きの高速バスの予約をしたといういきさつがあった。この辺の流れについては、Twitterと文学フリマを私にもたらしてくれた義里さんに感謝しないといけない。
 そして、文学フリマから戻って、その辺りの有名人をフォローしていくと、その人の名前があちらこちらから出てくるようになった。そんな中読んだのが、今ではもう読めないが、AIRと夏についてだったか、とにかく、そういった美しすぎる世界と現実のあまりの違いについての記事だった。GWからの感情の高まりのピークは、間違いなくそこだった。こう思ったのだ。

「そろそろまぜろよ」

 つまり私にとって世界とは年上の人たちからの影響を多分に受けて出来ているものであって、その一端が、今回消えてしまったのだ。私にとってその人たちは、10歳も20歳も年上であり、10年後20年後、同じようなところにたっていられるかといえば、それは不可能だと思う。もし同じ位置に立つことが可能だっていうのなら、それはその存在が私にとってはそこまで特別でないということに他ならない。無論、誰かと全く同じ人間なんて存在せず、何かが良くも悪くも違うというのは分かっているし、自分が何をやっても自分にしかなれない、というのが私が普段から思うところでもある。変に期待するほうが悪い、ということも分かっているし、何かを強要するのは筋違いなのは百も承知だ。だがしかし、それは私にとっては唯一であり、必要だったものなのだ。私は、どこにまぜてもらえばいいんだか、分からなくなってしまう。そういったものを乗り越えて強くなるんだとか自立していくんだとか、そういうありきたりな説教はハナクソの塩味の加減くらいどうでもいいので、聞かない。お前は私じゃないのに、何故私の心が分かると思えるんだ。だから、聞かない。

 最後に。
 もし万が一当人が私のブログを見て、この文章に目を通していたとしたら、ごめんなさい。私がただ思ってることを書きたかっただけで、それによって戻ってきて欲しいとかそういうことをいいたいわけではないです。どういう心境で消えてしまったのかを、完全に理解することは私には不可能かもしれないので、何かを要求したりする権利はどこにもないと承知しています。
 ただ、もし、今回のこともひっくるめて、自分のことを肯定してもいいなという気分になれたら、また戻ってきてくれたら私は嬉しいです。そのときはまた、少女ったーと制服少女ったーと非制服少女ったーの項目についてでも、お話をしましょう。
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テーマ:▼どうでもいい話 - ジャンル:日記

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