プロフィール

少色

Author:少色
     syousiki
     

一応アドレス
sanzikaro☆
mail.goo.ne.jp

☆を@に変えて、上下を連結のこと。

Twitter始めました

ブログを更新するのが面倒だから

こうしています。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

FC2ブログランキング

FC2 Blog Ranking

しょーしきのしょーじきしんどい。
少色適当なことを適当に書きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

震災記録初日~三日目
 とても今更ながら地震のときの記録なんぞを。地震初日~三日目の記録です。
 しかし今見ると地震二日目のイベントの数が以上。頭の中では複数日に分けて記憶されてたで…

  震災日記
 
 一日目(地震発生~翌12日朝) 地震初日 無敵要塞、顕現
 
 前日は、酒飲みながらまどかマギカを見て、その後Skypeで一緒に見ていた友人とあーでもないこーでもないとぐだぐだとしゃべり、眠ったのが午前五時。その後目が覚めたのが正午過ぎ。コーヒーを飲んで昼食をとり、ツイッターをしたり動画サイト巡りをしていたりしていて、平沢進メドレーを流していたところ、第一波の揺れがきた。
 最初は普通の地震と同じように、おー揺れてる揺れてる、と思ったのだが、だんだんと揺れは激しくなり、パソコンが揺れコーヒーカップが音を立て、思わずコタツの縁を掴み、背後の扉を開けて、「やっべえwwwwwこれはwwwww洒落にならんぞwwwwww」とでもいえそうなテンションで揺れが収まるのを待った。
 揺れが収まってみると、まず、パソコンのモニターが消えていた。電源を押してみるが真っ暗のまま。平沢進メドレーはまだ鳴っている。すぐには気づかなかったのだが、コタツが切れて、電源タップも全部切れていて、ようやく停電だということに気づいた。
 停電だと気づいてからはガスと水道をチェック。水道は問題なかったが、ガスは非常停止装置が働いていた。
 とりあえず情報が欲しかったので、携帯電話を開きツイッターを開く。とはいえ、電気が止まっているので、携帯の電池が切れたらその時点で情報も途切れることになる。アプリを使わずぬウェブを使った。
 震源は太平洋沖で、震度は六、最大で七の地域もあったらしい。津波警報。東北地域は全域停電。どこまで正しい情報なのかは分からない。実家に電話をかけてみるがつながらない。こういう地震の時は珍しくもないことであり、沿岸地域でもなかったので、あまり危機感はなかった。
 その時点では自分の状態にさほど危機感を持っていなかったので、少しの間携帯ゲームをやって、充電が切れたところで、布団に横になって仮眠した。
 目が覚めたのは午後四時。辺りは暗くなり始めていた。三月とはいえ、この地域はまだまだ寒い。深夜は水道の水抜き必須だし、外にはまだ雪が残っている。ガスは大丈夫なのだからお湯は出る、シャワーを浴びてしまおう、と思ったが、予想外のことが起こっていた。
 給湯機が動いていない。ガスは無事でも、電気が止まっているから当然なのだが、そのことにすぐ気づかなかった。携帯の電池はおそらく一日以上は持たないだろう。電気の復旧の情報もないし、このままでは何も情報が入ってこなくなる。
 そこで、Twitterを見ていると、大学は電気がついているとの情報が入ってきた。自家発電をしており、この先一週間ほどは電気が持つのだという。学校付近に住んでいる学生も、ちらほらと避難してきているという。
 どうしようもなかったので、私は学校に避難することにした。少なくとも、誰か顔を知っている人間がいるだろうし、ツイッターのIDを伝えればなんとかなるという予測もあった。
 家を出る前に、ありったけの空きペットボトルに水を詰めた。この先水が止まる可能性もある。その他持ち物は、携帯電話と充電器、水、eneloop、タオル、ハンドライト。それと、風呂に入れないことを考えて、髪をおさえるための帽子。分厚いダウンジャケットを着て、学校へ向かった。
 学校へ行く途中の道で、後輩を見つけたので学校の様子を聞く。学生以外の一般の人も避難してきており、私と同じく学校へ避難するため、荷物を取りにいったん帰ってきたとのこと。学校に行けば誰かいるだろういうことを聞き、そのまま学校へ行く。
 学校では、本部棟が避難場所になっていた。学生の他にも、避難してきた一般の人が、机と椅子を出された大会議室にいた。テレビがついており、地震の様子や津波の被害の様子が映し出されていたが、そこでまず布団を敷いたりするのを手伝ってあまりじっくり見る余裕はなかった。。最初の方は、一家族に一枚か二枚という予定だったのが、数が足りず、結局全体に敷き詰めて、後は雑魚寝しかないということになった。そのときには六時を過ぎていたので、夕食として用意されたカップめんを食べた。
 その後、学校の先輩から「学校にいるなら麻雀しよう」と誘われ、ホイホイとついていくこといった。地震の初日から麻雀が出来る程度にはこの学校は要塞である。学部も違えば学年も違う、とはいえ学部が違うとは見なされていないのだからそれもそれで変わった話だ。ちなみにその日の麻雀は勝ったり負けたりでトントンである。麻雀について書くと長くなりそうなのでその辺りは割愛する。
 麻雀の他にやったことは、携帯の充電と、eneloopの充電。ツイッターでの情報収集や、津波の動画を見ることだった。私が見た津波の動画で最も衝撃的だったのは、仙台平野に流れ込んだ津波が、ビニールハウスを次々となぎ倒していった動画である。ビニールハウスというのは、何十本もの金属パイプで組まれ、それにビニールが挟み込まれて出来ている。雨に当たってパイプが錆びて腐ったり、中でパイプにぶら下がれば曲がったりはするが、中に軽トラックやトラクターも入れるくらいの大きさはある。それが一個二個ではなく、十数個単位で押し流されていくのだから、さすがに驚かざるを得なかった。
 麻雀は翌五時くらいで終わりになり、その後、研究室の机で日が高くなるくらいまでは眠った。そして一端家に帰った。

 二日目(12日昼~12日夜) 出た! 驚異の島国の主食/火だ! 東北電力の火だ!
 
 前日、麻雀をした研究室の人からカップ麺を貰ったので、それを朝食兼昼食として食べた。相変わらず電気はつかないので、毛布を一枚だして、それにくるまって過ごしていた。携帯の電池はもう一度学校に行けば充電出来るので、安心してアプリでツイッターからの情報を得ていた。一晩たって、被害情報も明らかになってきていた。千葉のコンビナート火災。石巻の火事。壊滅した陸前高田市。原発事故。乱れ飛ぶ【拡散希望】。デマ。近所のコンビニも、瓶類が割れたり電気が止まったりしているので開いていない。今更ながら、食料事情が危うくなってきた。前日停電後にコンビニに行けばある程度の食料を確保できただろうが、後の祭りである。
 そのまま横になってうとうとしているところで、家の扉がノックされる音が聞こえた。電気が止まっているのでインターホンが動かなかったのである。慌てて飛び起きて扉を開けると、入学当初からの麻雀仲間だった。向こうも電気が止まって、知ってる人間を訪ねてこちらにきたのだという。すぐに家に上げて、情報を交換しあう。私の方は学校で充電が出来たのだが、向こうはすでに携帯の電池が切れていた。
 そうこうしているうちに、近所のスーパーが開いており、食料が売っているという情報がタイムラインに流れてきた。これ幸いと、私たちは二人で買い物に出る。事実、スーパーは開いていた。物には限りがあり、さらに電気もまだ来ていないので、即座にタンパク源になりそうなジャガイモや豆腐、ソーセージ、中華麺等々を買い込んだ。そのときに、
「ジャガイモを買おう! 島国なら主食だ!」
「ここも島国だ!」
「そうだな!?」
 という会話が繰り広げられた。帰り道で近所の人に「どこか開いてるの?」と訪ねられたので、今し方行ってきた店のことを教えた。
 電気が止まっているので冷蔵庫は使えないが、まだまだ日中でも寒い時期なので、ほぼ冷暗所にできる風呂場に買ってきたものを置く。友人の分も一緒である。
 その日の昼は、大学の食堂がカレーの炊き出しをするとのことなので、友人とともに大学へ行く。なんのこともない普通のカレーなのだが、こういった状況下ではやたらに旨いから不思議だ。量も大したことはないので、またすぐに空腹が襲っては来たが。
 一緒に来た友人とともに研究室に向かった。学校の自家発電分が幾ら持つか分からないので、娯楽はトランプになっていた。友人は教えられてハーツをやっていたが、私自身は横で見ていただけで、ルールはよく分からない。それがしばらく続き、場所も変えて五時ごろまでそれが続いた。
 そんな中TLを見ていると、そちらこちらで盛岡の電気が復旧し始めているという情報が入ってきた。大学前の信号機もついているという。しかし油断は禁物である。信号機などが優先的についただけで、一般家庭ではまだだという可能性もある。とはいえ、買った食料はそのままだし、電気がつくならばすぐにでもパソコンをつけて自分のTLで情報を収集したいところだった。
 そう考え、友人とともにアパートに戻ることにした。私のアパートは友人よりも大学から遠いので、私のアパートの電気がつけば、必然的に友人宅でも電気はつくことになる。道中の信号は確かについていて、青信号が輝いている。期待と不安を募らせながら、アパートへ戻る。ドアを開けて、急いで玄関の電気をつける。
「きたああああああああああああああああああ」
 点いた。
 文明の火だ!!
 早速風呂場の食料を冷蔵庫に移す。給湯機の電源が入るか確認し、パソコンの電気をつける。Twitterに電気が点いたことを報告する。ともあれ安心して、腰を落ち着けて友人と話をしてから、友人は自分の食料を持って帰っていった。
 電気が復旧し、自分で情報を集められるようになったので、かなり積極的に自分の地元の情報を集めるようにした。地元の情報を集めるのにもっとも役立ったのはTwitterであった。陸前高田壊滅のニュースなどはこの時知った。陸前高田についてはトラブラー・トラベラーを参照されたし。あれで書いていた風景は完全に壊滅している。また、市町村ごとでのハッシュタグがある程度機能し始めており、クライアントのタブで追った。テレビがないため、NHKの公式Ust配信は大いに役に立った。
 二十三時頃、唐突にインターネットが止まる。しかし停電ではなく、一時的なエラーが出たということらしかった。これにより結局できることができなくなる。
 その日は麻雀をせずに、携帯の充電をしつつ、布団で眠った。

 三日目(13日朝~「こんなの研究室じゃないわ! 居住スペースよ!」「だったら住めばいいだろ!」

 朝起きてもまだネットは復旧しておらず、家にいても仕方がないので大学に向かった。大学では普通にネットがつながっていた。昨日に引き続き、ぼんやりとハーツをやっているところを眺めたり、携帯でTLを眺めつつ過ごしていた。昼食はカロリーメイトを食べた。ネットの復旧は午後になった。
 夜はまた麻雀をしに行った。研究室というのが一般的にどんな阿波所なのかは知らないが、この学部の研究室というのは一般的に泊まり込み可能である。電気は完全に点いているし、情報は容易に集められる。椅子を並べて寝ることもできるし、簡単な調理もできる。帰らなくてすむのも分かる。この日の麻雀はどの程度だったかは分からないが、この日は勝ったはずである。麻雀は五時半ぐらいまで続き、空が白んできたので帰った。
スポンサーサイト

テーマ:⊂⌒~⊃。Д。)⊃アウアウアー - ジャンル:日記

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://syousiki.blog53.fc2.com/tb.php/975-a173f2cd
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。