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少色適当なことを適当に書きます。
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東大には行かなかったけれど
 11回文学フリマで頒布した「東大には行かなかったけれど」を載せときます。タイトルは「東大を出たけれど」のパクリです。基本的に闘牌描写が書きたくて書いた小説なので、麻雀をしない人には分かりづらい内容になってるかもしれません。なので、途中出てくる点数の経過だけ見てもらえればと思います。
 とりあえず暫定公開ということで、またあとで直すつもりです。
 


日中の用事をすませ、軽い夕飯をとった後、僕はアルバイト先の雀荘へ足を向けた。時間にさほど余裕があるわけではなく、人混みを避けつつ、足は速くなる。バイト先は、今いる地点から駅の反対側にあるので、これから更なる人の波に揉まれなければならない。こんなことなら、もっと早く移動しておけばよかった。
 駅前を通り過ぎようとしたところで、ちょっとした人溜まりが目に入った。僕と同じくらいの年頃の男たちが三人ほど、人を取り囲んでいるようだった。輪の間から、セーラー服とスカートが目に入る。
 かかわり合いになりたくなかったのでそのまま通り過ぎようとしたが、ふと、男たちの中に見知った顔を見つけた。あれは確か、僕のバイト先でアウトを出して、そのまま顔を出していない、斉藤だか永田だかいう奴だったはずだ。こんなところで会うとは。
 バイトには遅れるだろうけれど、ここで斉藤に連絡先を聞き出すのは、立派な仕事の一つだ。僕は意気揚々と永田に声をかけた。
「あのすみません。斉藤さんでしたっけ? 永田さんでしたっけ? 天回って雀荘知ってますよね?」
 僕が話しかけると、一団が一斉にこちらを振り返った。余りに突然だったので、向こうは面食らっているらしい。
「斉藤は俺だよ。なんだお前」
「あ、斉藤さんですか。僕、天回って雀荘でバイトしてる者なんですけど。確か、アウト出してましたよね。五万くらい。今じゃなくてもいいんで、連絡先聞いてもいいですか?」
 不機嫌そうに答えてきた斉藤に対し、僕は一気に畳みかける。徹底して正論だ。相手の目をにらむように見つめて、言葉を続ける。
「とりあえず、他の所で出禁になる前に、うちのだけでも払った方がいいですよ。それじゃなければ、払う意志だけ確認したいんで、とりあえず連絡先教えてくれませんか」
「うるせえな、どっか行けよ」
 脇から斉藤の仲間が僕を怒鳴ってくる。肩は落ちてるし、目もはっきりと僕を見ていない。実力行使に出てくる可能性は低そうだったので、そちらを無視して斉藤に目を向ける。
「他の所でも同じことやると、うちとは違うんで、すぐ出禁になりますし、いろんな店に連絡行きますよ。まだうちで止まってると思うんで、お金返してください」
 そこまでいうと、斉藤は僕から目を反らし、走って逃げ出した。さいとう は にげだした! 他の二人も、一瞬のことに唖然としていたが、慌てた様子で斉藤の後を追いかけ始めた。逃げられたか。ここで斉藤を捕まえられれば、バイト代の値上げ交渉もできたかもしれないのに。
 斉藤たちに絡まれていた子に目を向ける。白のセーラーに青いセーラーカラー、同色のスカーフ、紺のプリーツスカート、そして白のハイソックス。この制服は中学校の制服だったろうか。胸ぐらいまである髪は、高めの位置で二つに結ばれ、前に垂らされていた。
「えーと、早めに帰った方がいいと思うよ。この時間に一人だと、補導員に目つけられるし」
 この僕が実証済みだ。
「……はい」
 その子はうつむいたままそう呟くと、小さく頷いて見せた。肩ぐらいまでの髪が揺れる。そして、そのままその場を動こうとしない。いや、帰れよ。
「……帰りたくないの?」
「はい」
 何となく尋ねてみたら今度は即答された。何なんだこの子は。どうしたものか。なんだか、絡まれていた所を助けたみたいになってしまったし、このままにして、また絡まれたりしてたらそれもどうかと思う。
「じゃあ、ついておいでよ」
 僕がそういうと、その子はゆっくりと顔を上げた。下を向いていたので分からなかったが、かなり色白な子だ。目は死んだようだったけれども、眉目秀麗で、いかにも成績優秀といった感じだ。
「僕のバイト先。夕飯ぐらいなら出せるから。来たかったら来てよ」
 そういうと、僕はバイト先へと再び足を早めた。予想外に時間を使ってしまった。急がないと遅刻だ。別にこの子がついてくるかどうかはどうでも良かったので、後ろも振り返らずに駅前を過ぎて路地に入る。
 ビルの前で立ち止まり、上を見上げる。天回はビルの三階にある。入る前に後ろを振り向くと、息を切らし気味に、さっきの女の子が立っていた。僕自身は歩くのは結構早い方だと思っていたが、よくついてこれたなあ。
 いうまでもないが、雀荘という場所は風営法で十八歳未満は立ち入り禁止なので、本来ならこんな子が入ってくることはできない。もっとも、僕自身が十八前から雀荘に入り浸っていたのだから人のことはいえいないけれど。
 僕はさっさと上に上がる。女の子も、遠慮がちに僕の後ろをついて階段を上がってきた。
 外から空き席が見えた。一卓が動いているが、他はすべて空いている。遅刻気味だったが、そんなに忙しくはなさそうだ。
「うす、遠藤。どうしたおい遅刻だぞ。――なんだその子」
「さっき斉藤さんに会ったんですよ。ほら、あのアウトだした。あと、この子にラーメンでも食わせてやってください」
 天回に入るなり声をかけてきた店長に対し、僕はそう答えると、奥の待機室に引っ込む。メンバーとして服は着替えなければ。 ぼくに続いて店長が待機室に入ってきて、貯蔵されているカップ焼きそばに手をかける。
「どうしたんだあの子? というか何歳だよ。本当なら入れない年齢じゃないのか?」
「斉藤さんに絡まれてたんですよ。斉藤さんにアウトぶん返せっていったら逃げられたんで、なんか助けたことになっちゃいましたけど。なんでも帰りたくないらしいんで」
 僕は天回専用のエプロンを着用して立ち上がる。店長がやかんを火にかける。どうやら、僕の時と同じで、咎めるつもりはないらしい。警察沙汰になったらただではすまないだろうに。
「遠藤、とりあえずゲーム代貰ってこい。あと今日は坂下休みだからな」
「あー、そうなんですか。遅れてすいません」
 いいから早く行け、と店長が僕を急かしてくる。僕はエプロンの紐を直して待機室からでる。
 あの子は未だに突っ立ったままだった。
「あ、座ってていいよ。多分しばらくは人こないだろうから」
「……はい」
 大人しく待ち席に座る女の子。あ、ひょっとしたら、まさかこんなところに連れてこられるとは思ってなかったのだろうか。いや、斉藤に詰め寄った時に話は聞いてたはずだけど。視線が落ち着かない上に、結構緊張しているようだった。初めて雀荘に来た時の僕も多分こんな感じだったのだろう。
 そんなに心配しているわけではなかったので、僕はさっさと二卓の方へ回り、ゲーム代を回収した。この時間でこれしか卓がたっていないということは、今日はあまり人がこないのだろうか。
 徴収したゲーム代を確認してレジへと運ぶ。女の子は、店長がお湯を入れたカップ焼きそばを口に運んでいた。
「何か飲み物いる? コーラでいい?」
 僕が尋ねると、女の子は小さく頷いた。うちのフリードリンクはコーヒーとコーラしかない。多分そのせいで若い人なんかはここに来ないのだと思うのだけれど、店長がめんどくさがって種類を増やそうとしないのだ。
 コーラを女の子に渡し、待ち席の、女の子の斜め前に座る。
「それで、どうするの? 本当に帰らなくてもいいの? 学校とかあるんじゃない?」
 僕がそう尋ねると、女の子は食事の手を止め、一拍間をおいて、コーラを飲んだ。
「……帰りたく、ないんです」
 それはさっき聞いたっての。
 僕は胸ポケットから煙草を取り出す。女の子も特にいやそうな顔をしていなかったので、そのまま火をつける。
「君、名前は? さっきも言ったけど、僕は遠藤。遠藤孝」
「……日野孝子、です」
「孝子ちゃんね。それ中学校の制服でしょ。別に帰らないのは構わないけど、明日も平日だし、ふつうに学校じゃないの?」
「……」
 あ、黙っちゃった。昔から言われるが、僕は人にものを聞くとき、どうも威圧的らしい。僕としてはそんなつもりは全然ないのだけど、いつも相手が萎縮してしまうらしいのだ。
「家は? 親御さんに連絡して、迎えにきてもらった方がいいと思うけど」
「それは嫌です!」
 孝子ちゃんがいきなり顔を上げて、大声を出した。店内の視線が、一斉にこちらに集まる。俺の方も、いきなりのことだったので、かなり面食らっていた。
 孝子ちゃんも、自分でいってから驚いたらしく、すぐに顔を伏せてしまった。
「あー……どうしても帰りたくないってことなら、それは別にいいんだけど。でも、学校は行った方がいいと思うよ。じゃないと、将来ろくなことにならないから」
 例えば、雀荘でバイトするようなことになったり。
「…………」
 孝子ちゃんは黙ったままで、臭いを嗅ぐように鼻を動かしていた。まあ、仮に家に帰らずに、風呂にも入らずまた学校に行くなんてのも嫌だろう。
「ここに泊ってもいいけど、ベッドで寝たいんなら、俺のアパート使ってもいいけよ」
 僕はそう提案した。とたんに、孝子ちゃんが警戒した顔になる。そりゃあまあ無理もないだろう。
「場所はここね。こっから歩いて十五分くらいかな。えーと、住所はこれ」
 僕は携帯を開き、近くの卓の点数記入表を一枚破り、裏にさっさと住所を書き写してテーブルの上に置く。
「僕は今日朝までここにいるから。好きに使っていいよ。君が学校行ったくらいの時間に帰るつもりだから」
 孝子ちゃんの表情がわずかだけ緩む。まだ悩んでいるようだ。悩むくらいなら、押した方が勝ちだ。
「これ、鍵ね。出かけるときはポストの中に入れておいてくれればいいから」
 僕はそういうと、ポケットから取り出した鍵を孝子ちゃんに押しつける。孝子ちゃんはだいぶ戸惑っていたようだったが、そこに丁度良く三人の客が入ってきたので、僕はそちらの応対に回った。この調子だと、僕が入って打つことになるだろう。
 三人を奥の卓に案内し、場所決めのための東南西白を山から探し、伏せてかき回す。天回の場所決めの仕方は、東南西白の中から引き、東を引いた人が起親になり、白を引いた場所の席に座ることになる。回り親で、一回りしたら場所替えと言うことになる。
「本走入りまーす」
 店長に告げて、卓につく。孝子ちゃんのことは気になったが、多分、僕のアパートに行くだろうと感じていた。
 ◆       ◆
 その後も客はぽろぽろと来て、僕はあっちで本走に入ったり代走に入ったり、ゲーム代を集めたりコーヒーやおしぼりを出している間に、孝子ちゃんはいなくなっていた。部屋の鍵がどこかに置いてあるか見てみたが、どこにもない。孝子ちゃんが持っていったのだろう。
 客が引けて、卓が割れた後待ち席で少しだけ眠ると、僕は天回を出た。時刻は七時半を過ぎた頃で、朝日がかなり目に痛かった。
 駅前にさしかかると、登校中であろう高校生中学生の制服姿が目に付く。進学校の制服やら、滑り止め高校の制服やら、雑多な制服の群。なんにせよ、今のうちに目一杯勉学に励んで欲しいものだ。
 孝子ちゃんは学校に行っただろうか。あの子が着ていた制服は、確か、僕が通っていた中学校のものだったはず。そんなに頭の悪い学校ではないけれども、何故か進学校に進みたがらない人間が多い、妙な中学校だ。僕みたいに、県内一の進学校に行こうとする人間は異端だった。
 アパートについてから、鞄の中から鍵を取り出そうとして、昨夜孝子ちゃんに預けたことを思い出す。ポストを開けると、麻雀牌のキーホルダーがついた鍵が入っていた。昨夜僕が渡した鍵だ。
 玄関に入ると、すぐさま違和感があった。普段は回しっぱなしにしている換気扇が止まっており、半開きにしているはずの窓も完全に閉まって鍵がかかっていた。
 ――浴室、床が濡れている。
 ――トイレ、便座が下がっている
 ――シンク、ハンドルの位置が変わっている
 ――部屋の中、ベッドの上に毛布が綺麗に畳まれている。
 やっぱり泊まったのか、孝子ちゃん。いやまあ、あれだけ言っておいて、どうするのかというところだけども。しかし、昨日の昼に部屋の掃除をしたばかりでよかった。というか多分、掃除してなかったらあんな提案もしなかっただろう。
 僕は荷物を投げ出すと、シャワーを浴びてベッドに横になった。今日の夜もバイトに行かなきゃならない。
 ◆       ◆
 空腹で目が覚めたのは昼過ぎだった。いつもの癖で枕に顔を押しつけていたら、普段しないようないい匂いがして完全に覚醒するはめになった。そうか孝子ちゃんの臭いか。
 とにかく空腹だったので、冷蔵庫を開ける。相変わらず、調味料と酒以外は何も入っていない。さすがに昼間から酒を飲むわけには行かない。仕方ないので、手っとり早くラーメンを茹でて胡椒山盛りにして食べた。予想外の辛さだった。
 その後、買い物に行ったり洗濯機を回したりして、バイトにいく準備をしていたところで、部屋のチャイムが鳴った。普段ならアポなしの来客は無視しているのだが、時間帯と相まって、瞬時にある予感が頭をよぎった。勘違いであることを祈りつつ、息を殺して玄関へ行き、レンズから外をのぞき込む。
「……」
 僕は扉を開けた。俯きながら、孝子ちゃんが立っていた。
「あの……」
「いいよ。泊まって」
 向こうが何か言う前に、そういって、孝子ちゃんを家に上げた。
「家の中のものは好きに使っていいから。食器とかは、使ったら洗っておいて。あ、あとそれと」
 孝子ちゃんを部屋の奥に押し込めるようにして、僕は続ける。
「押入の中に、俺が使ってた参考書とかあるから。良かったら使ってよ」
 そういうと、僕はバイトに向かった。塾講師のアルバイトもしたことあるから、資料はいっぱい残っている。
 ◆       ◆
 天回に顔を出すと、思いがけず、斉藤の姿があった。斉藤は僕の顔を見ると、苦々しげな表情をしてから、
「金返しに来てやったぞ」
 とぶっきらぼうにいった。いったいどういう風の吹き回しだ。
「はい、分かりました」
 いぶかしみながらも、僕はレジに回り、足下の棚からノートを取り出し、アウト者一覧のページを開く。斉藤、アウト五万一千円。
「えーと、じゃあ五万一千円お願いします」
 立ち上がってそういうと、斉藤は財布からぱっと六万円を出した。これまたどっから出てきた金だ。僕は紙幣を受け取り、お釣りを返すと、「今日は、打っていきますか」と尋ねた。これだけの現金をぱっと渡せるということは、他にもまだ金があるということだろう。だったらちょっとでも金を落としていってもらうのがバイトとしての仕事だ。
「ちょっと待ってろ」
 と斉藤がいい、一度店を出る。外のトイレに行くのかと思いきや、いきなりどこかに電話をかけ始めた。のぞいてみると、階段の踊り場で、ささやくように話していた。会話の中身までは聞き取れなかったが、敬語で話しているようだったので、少なくとも友人に対して話しているようではなかった。
 斉藤は、通話を終えて携帯を閉じて、一瞬だけこちらに目を向けると、足早に階段を降りていった。くそ逃がしたか。
 斉藤が去るのを見送ったところで、店長が僕の肩を叩きながら声をかけてきた。
「で、どうなったんだ昨日の子は」
「結局、俺のアパートに泊まったみたいですよ。今日も泊まるらしいです」
「そうか」
 それだけいうと、店長は僕の手からノートを取って、ページをめくり始めた。
「親に連絡した方がいいんじゃないのか」
「なんだか、すごく嫌がってる見たいなんでやめといたんですよ。俺も経験ありますし。どうしたんですか急に」
「いやなに、昨日みたいに店に来られたら困るからな。中学生が店に来てるなんていったら、サツにさされるところだぞ」
 いわれて見ればそうだ。天回は、僕が高校生の頃から来ている店だとはいえ、さすがに制服ではなかったし、中学生、しかも女の子が出入りしているとなったら、アウトを出してる人間が腹いせに通報すること立ってあるだろう。
「斉藤、アウト返しにきたのか」
 ノートを見ながら、店長が呟く。確かに、今まで作れなかった金をいきなり返しにくるのは、不自然といえば不自然だ。昨日の一件もあるし、もし斉藤が孝子ちゃんのことを知っているとしたら?
「遠藤、給料は出してやるから、今日は帰れ。今日と明日は臨時休業だ」
 店長はノートを閉じながらそういった。いや、帰れっていわれても、家には孝子ちゃんいるし。
「別な雀荘にでも行け」
 はい、そうします。
 ◆       ◆
 天回から三件先の雀荘で日付が変わる頃まで打った後、ネットカフェに移って朝まで過ごした。料金は雀荘で浮いた分から払った。ゲーム代を引いても三万ほど勝ったので、軽く食事もできた。
 家に戻る途中で、天回の前を通りかかった。一晩打った客が出てくる時間帯ではあったが、シャッターは閉じられ、開く気配もない。
 朝の日差しは、寝不足な目によく効いた。何とかアパートに戻ると、僕の部屋の前に、見覚えのないおじさんが腕を組んで仁王立ちしていた。
「あの、」
「おい、孝子を出せ。ここにいるのは分かってんだ」
 こちらが声をかけようとしたところで、いきなり怒鳴られた。人に怒鳴られるのが久しぶりだったので、さすがに面食らった。
「いや、あのなんのことだか――」
「見たって奴がいんだよ、孝子ここにいんだろ」
「知りませんよ。あなた誰ですか」
 何故か、無意識にしらを切っていた。孝子ちゃんの家族だろうか。正直に言ってしまえば、あとは僕には関係ない問題だというのに。
「俺は孝子の叔父だ。孝子を連れ戻しに来たんだよ」
 自称叔父は怒鳴り続ける。こちらも、だんだんと腹が立ってきた。何で見ず知らずの人間に、朝から怒鳴られなきゃ行けないんだ。
「とにかく、知らないものは知りません。帰ってください。迷惑ですから。警察呼びますよ」
 僕がそういい返すと、叔父はさらに声を荒げてがなりたてた。もはやなんといっているのかも分からない。ただ、この人が、何らかの確信を持って僕のアパートにやってきたのは間違いないらしい。
 しばらく叔父と押し問答を繰り広げていると、さすがにやかましかったのか、離れから管理人のお婆さんが顔を出してきた。
「やかましいわおのれら、朝っぱらから。余所でやらんかぼけが」
 相変わらず口悪いババアだなおい。
 叔父もさすがに驚いたのか、僕のことを睨みつけると、早足でアパートから去っていた。代わりに、管理人さんがこちらに歩いてきて、
「あんた、今のなんや。なんかトラブルあるんなら、ちゃんといいや」
「はい、どうも」
 口が悪い割に結構いい人だからこの人は困る。助かった。ああいう人の話を聞かない人間は大嫌いだ。言葉でコミュニケートできないなんて同じ人間とは思えない。
 ポストを開けたところ、鍵が入っていなかった。ノブを回してみるが、鍵はかかったままだった。
「……」
 まさか、孝子ちゃん、鍵持っていったのか。これじゃ入れない。管理人さんに鍵借りるしかないかな。そう思ったところで、部屋の中から、鍵が開く音が聞こえた。ちょっと動きが止まったが、用心して部屋の扉を開ける。
 部屋の中には、孝子ちゃんが立っていた。
「……おはよう」
「……おはようございます」
 何で普通にいるんだよ、この子は。
「えーと、学校は? 今日も平日だけど」
 自分で言っておいてから、さっきのあの様子だと、出るに出れないし、どこかで待ち伏せでも何でもされていておかしくないな、と思い至った。
「……ごめんなさい、叔父が」
 孝子ちゃんが俯きながら謝ってきた。さっき怒鳴りつけてきたのは、本物なのか。孝子ちゃんは制服を握りしめて震えていた。
「あー、とりあえず、なんか食べようか。座ってて」
 肩も震えだして、孝子ちゃんが今にも泣き出しそうだったので、部屋の奥に押し込めて、麻雀卓兼テーブルに座らせる。時間も時間だし、何も食べていないだろうことは想像がついた。
 冷蔵庫を開けると、昨日買い物に行って来た後から変化なし。ひょっとしなくても、昨日の朝も何も食べてないのか。買い物に行っておいてよかった。
 食パンをオーブントースターに突っ込み、手早くベーコンエッグにして、コーヒーを淹れて、孝子ちゃんに出す。なかなか手をつけようとしない孝子ちゃんに、「いいよ、遠慮しないで」と促す。孝子ちゃんがおずおずと手を伸ばしたところで、俺は自分の分のコーヒーを淹れようと立ち上がった。見られていても食べづらいだろう。
 コーヒーを淹れて、孝子ちゃんの斜め前の位置に座る。この位置が、一番人を緊張させないらしい。
「あの、遠藤さんは、いいんですか?」
 半分ほどまで食べてから、孝子ちゃんがそう声をかけてきた。僕は、自分のコーヒーを飲み終えて、テーブルにおいた。
「僕はいいよ。帰ってくる前に食べたから」
 ネットカフェで食べただけだから十分というわけではないけど、少なくとも、バイトあがりの朝は帰ってきてすぐに寝るので、何も食べなくても全然問題はない。
 それを聞くと、孝子ちゃんは、
「遠藤さんって、お兄ちゃんみたいです」
 と小さな声でいった。何も気を使うことはないのに。
 孝子ちゃんが食べ終わるのを待って、片づけをすませると、改めて、孝子ちゃんの斜め前に座った。
「悪いけど、事情、説明してくれるかな。さっきのこともあるし、できるだけ詳しく」
 孝子ちゃんが言葉に詰まりながら話してくれた内容をまとめると、こういうことになる。
 孝子ちゃんは、学校の成績もいいし、県内一の私立の進学校に行きたいらしく、両親もそれを応援していた。ところが、一ヶ月ほど前に、孝子ちゃんの父親が病気で倒れ、収入が大幅に減った。母親も働きに出ることになり、家には孝子ちゃんの叔父に当たる人物が、父親の代わりと称して家に居座るようになったらしい。母親はパートで遅くなる。叔父は帰ってきた孝子ちゃんに家事をやらせるらしく、おかげで勉強する時間もとれなくなる。叔父曰く、女はいくら勉強ができても、家事も一緒にできなければ意味がない、という信念で孝子ちゃんに家事をやらせているらしい。孝子ちゃんの両親は、なんでも、結婚資金を叔父に出して貰ったという経緯があるらしく、あまり強くものをいえないという事情があるという。
 孝子ちゃんの話は、僕が三本目の煙草を吸い終えたところで終わった。やっぱり、事情を話すのが恥ずかしかったのか、顔を赤くし、手を握りしめて俯いていた。僕は念入りに煙草の火を消すと、孝子ちゃんに聞いた。
「孝子ちゃんは、どうしたいの? その学校行くの、あきらめるの?」
 孝子ちゃんは、握りしめていた手をいったんゆるめ、もう一度、今度は制服のスカートを握りしめなおしてから、口を開いた。
「……分かんないんです。もっと勉強して、大学にも行きたいような気もするんですけど、わたしが家にいて、お父さんが帰ってこれるようにしなきゃ行けない気もするんです。でも、叔父のいるところには帰りたくないんです。わたし、どうしたらいいか分からなくて」
 孝子ちゃんの声は、後半になるにつれて小さくなっていった。僕は空になった煙草の箱を握り潰すと、孝子ちゃんに背中を向けてから話を始めた。
「……昔話をしようか。昔あるところに、勉強がよくできて、東大も狙えるのではないかという高校生がいました。しかし、彼は二年生の夏に、友達に誘われて、麻雀というものを覚えてしまいました。以後、彼は麻雀にのめり込み、何故か今では、雀荘で働くようになってしまいました。彼は麻雀で勝てるので、収入も少なくなく、そこそこの生活を送っています。しかし、大学に通って、得ることができたかもしれないものは、何一つ手に入りませんでした。麻雀をするのを控えて、ちゃんと勉強していれば、大学で得るもの、麻雀で得るもの、両方が手に入っていたかもしれません。なぜなら彼は、勉強ができる環境が整っていながら、あえて麻雀をしていたのです……」
 そこまでいってから、どうも恥ずかしくなってきた。煙草を取りだそうとしたら、自分で箱を握りつぶしたのを思い出した。
「人間、やろうと思えば手にはいるよ。両方とも」
 煙草の箱をゴミ箱に向かって投げ捨てる。縁に当たってからゴミ箱の中に収まった。僕は頭を掻きつつ、孝子ちゃんに振り返る。
「僕が何とかするよ。叔父さんの連絡先、教えてくれないかな」
 ◆       ◆
 しぶる孝子ちゃんから何とか連絡先を聞き出すと、なんとか学校に行かせた。ともあれ、勉強ができる状態なのにしないというのは一番ダメだ。僕みたいな人間が増えるのは心苦しい。
 孝子ちゃんが行ってから、改めて煙草に火をつけて、叔父を呼び出すために電話をかけることにした。叔父は苛立った声で電話にでた。
「もしもし?」
「あー、遠藤ですけど」
 俺の声を聞いた途端、電話の向こうで爆発しそうな気配がしそうだったので、とっさに言葉を続ける。
「えっとですね、孝子ちゃんは学校行きました。それで、孝子ちゃんがそちらに帰りたくないっていってるんですけども」
「ふざけんじゃねえぞお前何吹き込みやがった」
 吹き込むときやがったこいつ。
「いや、それでですね、できれば、叔父さんの方から、孝子ちゃんの進学を認めてもらえないですかね? そうしたら、少しは状況がよくなると思うんですけども」
「誰が認めるか。学校に行ったんだな。今から連れ戻しに行ってやる」
「な」
 何を無茶苦茶を言い出すんだこいつ。何の病気だ。
「お前のところにいたんだな? 学校に通報されてもいいのか?」
 うぐこいつ嫌なこと言いやがる。何もしてないし、僕は別に何ともないが、変に噂を立てられたら困るのは孝子ちゃんだ。しかも、家に閉じこめる絶好の口実だ。
「ま、待て。それは僕が許さない」
 自分でも何を言っているのかよく分からなくなった。電話の向こうの、怪訝そうな雰囲気が伝わってくる。
「――勝負しましょう。僕が、雀荘で働いてることぐらい、知ってるでしょう。僕に勝ったら、孝子ちゃんを連れて帰ってくれてかまいません。僕が勝ったら、孝子ちゃんが安心して学校に行って、進学するのを認めてください。勝負の条件はなんでも飲みます」
 麻雀には自信がある。別に向こうが代打ちを頼んできたとしても、そうそう負ける気はしない。
「いい気になるなよ小僧、こちとらあっちこっちに顔きくんだよ。やってやろうじゃねえか」
 乗ってきた乗ってきた。向こうは頭に血が上っている。冷静に判断できない状態でこっちの土俵に引きずり込めばもう半分勝ったようなものだ。
「分かりました。場所は僕の働いている雀荘、天回でいいですね? それ以外は、全部そちらに任せますよ」
「また後で連絡してやる」
 怒鳴るようにいうと、叔父は電話を切った。僕も携帯を閉じると、長くなった煙草の灰を灰皿に落とした。深く煙草を吸い込む。煙を吐き出してから、改めて、自分の切った啖呵の滅茶苦茶さを思い返した。
 叔父の方が馬鹿だったから良かったもののの、普通に考えたら自分の家族を麻雀で取り戻すなんてどうかしてる。僕にしたって、孝子ちゃんの将来を麻雀でどうにかしようなんて何を考えているんだ。まさか本物の裏プロとか、筋物を向こうが連れてきたりなんかはしないだろうけども、完全に三対一にされることも考えられる。
「――ま、大丈夫かな」
 三対一でも勝てないことはない。
 それに、僕が勝たなければ、孝子ちゃんの将来も決まってしまうのだ。条件が何であれ、負けるわけには行かない。
 孝子ちゃんの叔父から連絡が来たのは、その日の午後だった。念のため、叔父が暴走して学校に押し掛けたりしないように、中学校前のラーメン屋の窓際の席に一日陣取り、チャーシュー麺大盛りにんにく抜きを食べ終わり、煙草に火をつけたところだった。
 叔父が伝えてきた内容は、次の通りだった。

 ・アリアリの半荘一回戦、一発、裏ドラあり、赤なし。
 ・僕と叔父の順位勝負。残りの面子二人は、叔父が連れていく。
 ・その他のルールは雀荘のルールに合わせる。
 ・日時は明日の朝九時から。

 と、大体は予想通りだった。三対一も僕の予想範囲内だし、天回のルールに合わせるということは、天回で打ったことがある人間が混ざるということだろうし、点棒関係なしの、僕と叔父の順位勝負ということは、脇二人は完全に勝負を捨ててくるに違いない。ある程度戦略は考えなければいけないだろうが、勝てない勝負ではない。――いや、そもそも、負けるという選択肢はそもそもない。孝子ちゃんの顔が浮かぶ。孝子ちゃんを悲しませるような結果になるのはごめんだ。
 携帯のディスプレイで時間を確認すると、そろそろ中学校も授業が終わる時間だった。孝子ちゃんの携帯に電話して、ラーメン屋の前に来てもらう。本当なら、校門前で待っていてもいいのだけれど、さすがに怪しいし、何より孝子ちゃんが困るだろうからさすがに自重した。
 窓から孝子ちゃんの姿が見えたところでラーメン屋を出た。さすがにあまりに長い時間いたため、レジで白い目で見られたが、さほど気にならなかった。
 店の中に入ろうとした孝子ちゃんと、店から出ようとした俺で鉢合わせする格好になった。
「あ……遠藤さん、待っててくれたんですか?」
「うん、バイトもなくなっちゃって、暇だったからね。それに、あの叔父さん、勝手に学校きたりするかもしれなかったし」
 僕がそういうと、孝子ちゃんは軽くうつむいて、
「……えっと、その」
「なに?」
「ありがとうございます」
 そういわれるだけで、今回のどたばたに首を突っ込んで正解な気さえしてくるから不思議だ。僕たちは、並んでアパートへの道を歩いていく。帰りの道は、時間帯も相まって、人が多い。
「明日のことなんだけど」
 帰りの道中で、僕は孝子ちゃんに明日の勝負の詳細を話すことにした。孝子ちゃんにも、自分の身のことなのだから、説明しておかなければならないだろう。
「僕と叔父さんとで、麻雀の勝負をすることになったよ。僕が勝ったら、叔父さんに孝子ちゃんの進学を認めてもらう。僕が負けたら、孝子ちゃんは家に帰る。そういうことになったよ」
 孝子ちゃんの顔が曇る。そりゃあ、自分の将来が、麻雀で決まるなんて、本人からしたらかなり不安で不満だろう。僕はさらに続ける。
「孝子ちゃん、できるなら、俺に賭けてくれないかな」
 孝子ちゃんが足を止めて、俺の顔を見上げる。俺も歩みを止めて、孝子ちゃんの目を見据えていう。
「僕は絶対負けない。孝子ちゃんの為に、勝つよ」
 いってみてから、周囲の視線を一身に集めていることに気づいて、急に恥ずかしくなってきた。端から見たら、中学生に相手に告白している奴に見えるだろうに。
 僕が軽く咳払いなどをしていると、孝子ちゃんが、僕のきていたシャツの裾を引っ張ってきた。
「遠藤さんが、勝ったら」
「うん?」
「遠藤さんが勝ったら、これからも、一緒にいてもいいですか?」
 孝子ちゃんの顔は真っ赤だった。孝子ちゃんの顔に、僕も生唾を飲み込む。
「いいよ」
 僕は短くそう答えた。
 もう、負けられない。孝子ちゃんのためにも、僕自身のためにも。
 ◆       ◆
 その日の夜、孝子ちゃんと一緒にカツカレーを作り、寝る場所で一悶着あったものの(結局僕が床に寝た)、変わったことはなく、翌朝の勝負を迎えた。
 床で寝たわりに体が痛いとかそんなことはなく、普段ベッドで寝たのと同じくらいにはすっきりしていた。
 朝食に昨夜の残りを孝子ちゃんと食べてから、僕は玄関に立った。
「それじゃあ、行ってくるね。――多分、勝った方がここに来ると思うから。それまでは、誰が来ても開けないで」
「はい」
 制服を脱いで、僕のジャージに着替えていた孝子ちゃんは静かに頷いた。あんな奴らに、二度とここに来て欲しくない。
「あの、遠藤さん」
 家から出ようとしたところで、孝子ちゃんに呼び止められた。「何?」と僕は振り向く。
「いってらっしゃい」
 そういって、孝子ちゃんは僕に向かって笑った。
「いってきます」
 僕も答える。元気出た。負ける気がまるでしない。
 ◆       ◆
 開店直後の天回には、すでに叔父が来ていた。叔父と一緒に座っているのは、あの斉藤だった。向こうは俺の顔を見るなり睨みつけてきたが、なるほど、この前こいつが持ってきた金は叔父から来た金だったってことか。
「その人に頼まれて孝子ちゃんに絡んでたって訳か」
「うるせえよ。さっさとしろよ」
「来るのが遅いぞ小僧」
 軽く冗談を言っただけで二人から散々に言われる。しかし斉藤はもう少し語彙がないのか。
 荷物を置きに従業員室に入ったところで、さっそく店長が僕に声をかけてきた。
「おい、どういうことだあれ。お前のこと待ってるみたいだが」
「えーとですね、この前の子の関係で。半荘一回だけ相手する事になってるんです」
 僕がそう答えると、店長はため息をつき頭をかきつつ、「だから深入りするなっていったろう」と漏らした。全くだ。まさか、女の子の人生を左右するような麻雀をすることになるとは思っても見なかった。
「勝負の間の時給はださんぞ」
「分かってます」
 店長が非情なことをいうが、ある意味仕方ない。業務以外で場所を借りるのだから、むしろゲーム代を払うべきだろう。
「もし欲しいんなら」
 僕が休憩室から出ようとしたところで、店長が後ろから声をかけてきた。
「給料欲しけりゃ、勝ってこい。ああいう態度の悪い客は嫌いだ」
「言われなくても」
 店長にまでお墨付きを貰ったんなら、もう勝つしかない。僕は休憩室を出て、叔父の対面の位置に座った。
「で、もう一人はどうしたんです? そっちで用意するんじゃ?」
 僕はそう尋ねた。向こうが用意した面子で三対一のはずだ。斉藤みたいなのが混じるようでは、もう一人のレベルも知れたものだが。
「あせるんじゃねえよ。今来るところだ」
 叔父がやけに余裕の顔でそう言う。斉藤から僕のメンバーとしての成績くらい聞いていないのだろうか。それでもやはり不安なのか、叔父が携帯をポケットから出した。それとほぼ同時に、店内に新たな人影が入ってくる。
「お、来たな」
 その姿に僕は言葉を失った。
「ちわす。ここでいいんだな?」
 何故だ。何故お前がこんなところに。
「うちの三人目の、山極庵だ」
「よろしく」
 山極が軽く頭を下げる。
 こっちは土下座したい気分だった。勝てる気がまるでしない。
 ◆       ◆
「右二。あんたが親だ」
 山極が二回目の賽を振り、起親は僕に決まった。配牌を取る手が震えてくる。相手が悪い。悪すぎる。僕とて、生半可な相手には負けない自信があるし、メンバーとしての収支もプラスを保っている。だが、今僕の上家に座っているのは、あの『人食い』庵だ。僕よりも年下のはずだが、僕など歯牙にもかけない麻雀の腕前を持つといわれている。風の噂によると、最近元裏プロとの勝負に勝っただとか、山極と勝負に負けると、解体されて骨の髄までしゃぶられるとか、怪しげな組織に所属している恋人がいるだとか、とにかく、関わり合いたくない相手だ。
 配牌が終わり、理牌をしながら、僕は大きく深呼吸をした。僕が叔父に勝ちさえすればいい。山極が点棒を稼いでも意味がないのであまり積極的には出てこないはずだ。勝機がないわけではない。
 それに約束した。孝子ちゃんを、こいつらのところに返してたまるか。
 東一局の配牌は凡庸だった。ドラが五萬で、チョンチョンをとって、
 
 1247m246p334s西北白 東

 あまりよくない。四萬の周りを引いて二三四、あるいは三四五といった三色になれば上々だが。ドラの五萬を引いてメンタンピンぐらいには仕上げたい。
 第一打には北を選んだ。北家の山極は食い仕掛けて僕のツモを増やすような真似はしないだろう。二巡目に六萬を引いて一萬切り。西は差し馬相手の叔父の風牌で即座には切りづらい。
 その後、立て続けに萬子を引いて、六巡目でこんな形になった。
 
 245678m2467p334s 5m

 ドラが対子。食い仕掛けても5800にはする事ができるが、三色はまだ見きれない。二三四の三色は追いつつ、受けを減らさないように、三索を切った。
「ロンだ。一通のみの二千六百」
 手牌を倒したのは山極だった。

 678m66p12456789s

 この形でのダマ一通。山極の河には7pが二巡前に捨てられていた。向こうは早いうちから三色と一通の両天秤にかけていたということだろう。僕は自分の手牌を伏せて、山極に点棒を払う。
 ドラなしのこの手なら、リーチで攻めるのがセオリーだが、とにかく僕の親番を流すためのダマだろう。起親は、蹴られた後の展開次第では苦境に立たされる。東場で乗れなかった分を南場で取り返そうとして、さらに追い込まれるなんてのもよくある。
 斉藤が洗牌ボタンを押し、各々が牌を卓に落とす。斉藤が続けて出した賽子の目は対七。つまり、僕の前の山が最後まで残る目。この局は、かなり苦労しそうだ。

東一局 遠藤22400 斉藤25000 叔父25000 山極27600

 ドラは九索で、配牌がこう。

 148m379p69s東南北白白

 思わず目を疑った。前局と比べても配牌に差がありすぎる。しかも、通常なら第一打に選びたい九索がドラ。白を鳴いたとしても手詰まりが目に見えている。
 ここで斉藤に連荘されたり、叔父に放銃なんてことがあれば、勝つのは絶望的だろう。
 そう思った矢先、親の斉藤が切った八索を叔父がポンして、打五萬。山極が切った一索もポンして、打六筒。あからさまなホンイツ、チンイツ狙い。僕がまだ一枚も引かないうちに、差し馬相手が二副露。山極が六筒を合わせ打ちし、僕が引いてきたのは南、叔父の風牌。最悪の牌だ。
 叔父の手は、ホンイツ、トイトイならば満貫、ドラや風牌が絡めば跳満まである。しかも、ドラ表示牌の八索からの仕掛けだ、ドラが対子以上である可能性も高い。索子と字牌は打てない。どうせ脇の二人が鳴かせて、叔父はすぐにテンパイするだろう。僕は六筒の筋で九筒を打った。国士に向かうにしても、余る索子、字牌は切れない。オリだ。
 案の定、斉藤が切った二索を叔父がポン。三巡後に七索でツモ和了った。

 5699s 7s ポン222s ポン111s ポン888s

 チンイツにドラ二枚で三千・六千。前局と同じく、僕は黙って点棒を払った。ドラポンが入れば倍満だったことを考えれば、これでも安いほうなのだ。三対一ならこういう事態もあり得ることは分かっているつもりだったが、やっぱり苦しい。

東二局 遠藤19400 斉藤19000 叔父37000 山極24600

 東三局、叔父の親番。すでに倍満以上の点差がある。倍満以上の放銃や点差があるときは、トップ狙いは諦め、二着を狙いに行くのが普通だ。だがそうもいかない。例えトップでなくても、叔父より100点でも上に行かなければいけないのだ。
 そして配牌が、

  2478m47p11677s白白 7m

 少しでも点差を縮めたいところだったが、来たのは鳴けば早い手。ドラは一萬。引いてくれば使えないことはないが、筒子が若干苦しい。
 第一ツモでドラを引き入れ、四萬を捨てた。しかし第二ツモが四萬。これはツモ切り。四巡目で、今度は七筒が重なった。これで七対子のイーシャンテン。順子手のキー牌である七をここまで抱えれば、他家はほとんど面子ができていないか、もしくは下に偏るはずだ。
 僕は二萬を捨てた。四萬の被りとこの二萬で、ドラを引っ張り出す効果もある。ドラが重なれば、単騎を変えつつ叔父からの直撃狙いだ。
 僕の思った通り、他家は面子が作れなくて苦労しているらしい。七巡目まで誰も動かなかった。最初に動いたのは山極。斉藤の切った八筒をポンして二萬打ち。捨て牌は、

 1m西8s6s5m5m2p2m

 筒子に寄せたようにも見えるが、ドラそばの二萬をあそこまで引っ張る理由もない。僕の手も、山極の鳴きで四筒が入り、

 177m477p11677s白白 4p

 となっていた。六索打ちでドラ単騎のテンパイになる。ダマにする手もある。叔父に連荘されるよりは安くても和了った方がいいかも知れない。だが、僕はリーチをかけた。ツモれば跳満。親番の叔父に親っ被りさせる方がいい。
 僕のリーチ宣言牌の六索を斉藤がチーして、四枚目の西打ち。露骨に一発消しだ。続けて叔父がツモ牌と手牌を見比べて長考。
「追っかけだ」
 そういって、一萬を河にたたきつけた。
「一萬ロンだ、チートイドラドラ」
「待った」
 待ったの声は山極。手牌を倒した僕と、リーチ棒を出そうとした叔父の動きが止まる。
「ロン――一萬頭ハネだ。五千二百」
 そういって倒された手牌は、

 1m234p234s南南南 ポン888p

 辺三萬テンパイ、一手変わり三色の手から、ポンしてのドラ単騎。僕の河と総合して、一萬が待ち頃だと判断したのだろう。ダマでの三色・南の五千二百と点数も変わらない。
 もし山極が手を変えなかったら、叔父が僕に打ち込んでいた可能性が高い。僕は黙って手牌を伏せた。叔父の点棒は削れたが、リーチ棒はとられたし、叔父から点棒を引っ張り出せる可能性はまた減った。次は東ラスだ。

東三局 遠藤18400 斉藤19000 叔父31800 山極30800

 山極が賽子ボタンを押す。目は右二。ツキ目だ。ドラが五筒で、配牌が、

 56m23599s12599p白

 となっていた。第一ツモで七筒を引き、白から打ち出した。攻めていい手だ。ドラを使える形にして、両面もしくは九索と九筒のバッタにでもなればリーチか。
 僕が切り出した白を、山極が一鳴きし、西を切ってきた。速攻だろうか。僕の手にドラが一枚あるから、あってもドラが二枚といったところだろうが、それでも五千八百、点パネで七千七百になる。中押しの追加点としては十分だ。
 しかし九巡目で、山極がドラを切ってきた。そのドラを叔父がポン。山極が続けて切った北も鳴いて、北ドラ三の満貫確定。
 なるほど、山極の白は自分の好ツモを叔父に流すためだ。ここまで鳴かず飛ばずだった斉藤のツモを渡された僕はといえば、無駄ヅモばかりで手が進んでいない。

 456m2399s125789p

 役ありで両面以上で、ドラを使いきろうと思ったら、この手はかなり厳しい。叔父の方が早そうだ。それに山極だって、ここまでドラや北を抱えていた以上、自分でも手を作っているだろう。
 十一巡目でベストの六筒を引いた。

 456m2399s125789p 6p

 筒子の一通の目もあったが、一、二筒を落としていく。二筒あたりは山極のドラ切りに対して引っかけの可能性があったが、目をつぶって切り飛ばした。
 しかし、その後がなかなか続かない。南、發、九萬、八筒、と無駄ヅモを繰り返し、ラスト一巡で山極がツモ切りした一索をチーして何とか形テンをとった。結局僕と叔父の二人テンパイで、待ちは四ー七筒の同テンになっていた。

東四局 遠藤19400 斉藤18000 叔父32800 山極29800

 南入、流れ一本場。配牌を取りつつ、僕はさっきの山極の一索に違和感を覚えていた。山極がテンパイしていたのなら、少しは強い牌が出てくるのも分かるが、結局流局で山極はテンパイしていなかった。だとしたら、甘い一打ということにならないだろうか。
 
 113m89p1125s東東白發 北

 チョンチョンをとってこの配牌。ドラが七筒で、愚形は多いが、面子候補はある。これなら端に寄せていった方がいいだろう。さっきから調子は悪い。ここから中に寄せていくよりは、端で面子を作り、早めにテンパイすれば和了りやすい。五索から切っていった。
 チャンタは字牌の重なりも重要だが、端牌のくっつきと面子選択の方が大事だ。相手の手出しとツモ切り、特にキー牌の三・七の見極めが重要になり、厳しいターツ選択が求められる。元々チャンタは遅い手だ。ミスがあれば攻め返される。
 二巡目にここまで大人しかった斉藤が、山極が切ったダブ南をポンして以降は、淡々と巡目が進んだ。十一巡目で、僕の手牌はここまで育っていた。

 111m1289p123s東東白

 ドラは一枚も見えていないが、叔父と山極が序盤でドラ周りの九筒、八筒を切っており、山に残っている可能性が高い。南を一鳴きした斉藤には、二枚はあるかもしれないが、最終的なテンパイ時に二枚、いや一枚あれば十分だ。河には筒子を安くしてあるし、引っかけで出てくる可能性もある。
 十二巡目で、山極が三筒をポンしてきた。これで辺三筒は四枚見え。叔父の一筒の出が早いことから温存していたが、これで筒子の下面子が死んだ。しかし、山極のポンの後引いてきたのが東。

 111m1289p123s東東白 東

 白は一枚場に見えているが、切っているのは仕掛けている斉藤だ。叔父は僕の親を流すために白くらいなら一鳴きするだろうし、山極も三筒ポンということは喰いタンだろう。白はまだ山にある可能性が高い。僕は二筒を切った。後は一筒か白で頭を作るか、先にドラを引いての単騎かだ。
 十四巡目に、白を重ねた。

 111m189p123東東東白 白

 親満のテンパイ。この巡目でドラ待ちのリーチをするのはさすがに無謀だろう。慎重にダマに取る。僕の河には筒子が安いのだから、テンパイならば誰かが切る可能性がある。それをリーチすれば、引っかけを警戒される。
 十五巡目。下家の斉藤から初牌の東が出てきた。チャンタ含みの親に対して初牌の東ということは、さすがに斉藤もテンパイだろう。一瞬、カンもよぎった。だが、面前からの大明カンは、明らかにテンパイを教えることになる。そんなことをするくらいなら、リーチをかけている。そのまま東を見送る。
 十六巡目、引いた白をツモ切り。この巡目で筒子手出しではドラは出てこないだろう。和了りは無理か。しかしテンパイなら連荘だ。リーチ棒を出さずに流れるのなら、次局、周りが強引にくることもないだろう。
「カン。南カンだ」
 斉藤が南を加カン。新ドラ表示牌に北が現れた。思わず手牌に目がいく。ツモは減ったが、一気に跳満に手が上がった。
 斉藤がリンシャンを引き、山に目を向けた。
「もう一丁、カンだ」
 そういって、リンシャン牌と一緒に、端の三枚を晒した。ドラの七筒を。
「――っ」
 出そうになる声を必死に押さえる。親ッパネの手が一気に純カラになった。しかも斉藤の手がダブ南・ドラ四で跳満。完全に立場が逆になった。
 山極が新ドラをめくり、斉藤がリンシャン牌を引く。そして、そのまま卓の縁に牌をを叩きつけた。一萬だ。
「リンシャンだ。三千六千の一本付け!」

 2344m456s 1m カン7777p カン南南南南

 僕の暗刻の一萬ツモ、しかもドラカンで嶺上開花。そしてなにより――僕が斉藤の東をカンしていれば、僕が七筒で嶺上開花だった。東・チャンタ・嶺上・ドラ一の四千は四千百オール。十分な得点だ。
 点棒を払いつつ、口の中を思いっきり噛みしめた。集中しろ。まだ勝負はついていない。勝つためにできることをきっちりやらなければいけない。

南一局 遠藤13300 斉藤30300 叔父29700 山極26700

 親番なしの残り三局で一万七千点差。倍満ツモなら一発でまくれるが、配牌が、

 23579m9p3589s南西北 南

 悪くない配牌だが、これでは倍満は無理だろう。オーラスまでに一万点差以内までつめるのが最低条件だ。叔父からの直撃を取るのは難しいだろうし、満貫を和了るか、三千九百点を二回、あるいは五千二百の和了りのあと、オーラスに跳満条件ということになる。せめてラス親が叔父なら親被りをさせることによって条件が楽になるのだが。
 ドラが三索。この手ならば、南ポンのドラトイツ使い、あるいは南を暗刻にしてのリーチ南ドラの五千二百。その辺が最低ラインか。
 この局は手のまとまりが早かった。索子のペンチャンが埋まり、ドラ含みのカンチャンが埋まり、六巡目まででこうなった。

 23579m345789s南南

 七巡目で一萬を持ってきた。五萬を切ればモロ引っかけのカン八萬になるが、この引っかけに斉藤が打っても叔父が楽になるだけだし、愚形リーチだと読まれて押し返されればきつい展開になる。
 場を眺める。親の斉藤は序盤に字牌を並べて以降、しばらくツモ切りを続けている。手はよくなさそうだ。叔父の方はさっきの僕のように外に寄せているのか、あるいはチートイ狙いで序盤から中張牌を連打している。山極の方はといえば、字牌を合わせ打ちで処理しており、その後も浮き牌らしき二、八の数牌をバラ打ちしているあたり、まだ時間がかかるだろう。
 まだリーチしなくても大丈夫だ。僕は九萬を落とした。一応はカン六萬テンパイだが、引いても和了らない。その時は南のトイツ落としで、ドラ周りにくっつけて最低ドラ二のリーチ。あるいは、萬子を重ねて南とのシャンポン。理想系は、南アンコにした後に、ドラとのクッツキ。ドラ周りを引かなければ萬子をノベタンにしてリーチ。
 ここはなによりもツモ和了りが欲しいところだ。両面リーチは無理でも、ツモ和了りが狙える良形の待ちが欲しい。場合によっては見逃しもありか。
 次巡、南が暗刻になった。

 12357m345789s南南 南

 七萬を切る。良形になる受け入れは一四萬、二三五六九索。南が引けたので、リーチを打てば五千二百点確定は確定する。六索引きがベストだが、何か有効な単騎待ちを引いたらその時点でリーチだ。脇からのロン和了では残り二局で一万二千点を詰めることになり、ギリギリの勝負になってしまうが、余りゆったりしていては間に合わなくなる。
 十巡目。狙いの六索をダイレクトに引いた。

 123m3456789s南南南

 当然リーチを打つ。ツモって満貫ならば一気に七千点差まで縮まる。そうすれば、二局で七千点というのは、さほど難しい条件ではない。
 リーチ一発目、斉藤は僕の現物である西を切った。それを山極がポン。西は山極の風だ。僕のツモは増えるが、一発消しと、叔父にツモ番を回さないようにするのが目的だろう。
 しかし、よっぽど山極の鳴きがよかったのか、その後の川に和了れない牌がずらりと並んだ。しかも索子はほとんど引かず、萬子と筒子の中張牌が連続で流れてきた。三人ともが索子を切り出さず、萬子筒子を打って回す。
 とうとうハイテイまでかかっても上がれず、最後のツモになった一萬を投げるように川に置いた。その一萬に、山極からロンの声がかかる。
 
 23m12388s123p ポン西西西

 ハイテイ、西、三色で三千九百点。リー棒を含めて四千九百点の支出。残り二局。点差はさらに広がった。山極に点棒を渡すとき、手が震えた。

南二局  遠藤8400 斉藤30300 叔父29700 山極31600

 残り二局で二万点以上の差。満貫二回では届かないのだから、跳満以上の手を二回作る必要がある。だが配牌は、

 247m12559p889s東 1s

 跳満の手など出来そうにない。ドラの七索はくればかろうじて使えるが、それ以外の部分がどうしようもない。跳満のリーチが出来なければ、ダマで叔父からの直撃を狙うしかない。そうなれば役有りのテンパイにしなければならない。しかし二萬の対子、五筒の対子が残るので、チャンタは厳しい。あるとするならば、チートイドラドラぐらいが妥当な線か。それでも、確実に和了れる単騎を選ばなければいけない。
 四萬から切り出した。順子の伸びはいらないし、中張牌は先処理しておけば後から筋引っかけを期待できる。
 東と二萬が重なり、五巡目で東が暗刻になった。

 227m12559p889s東東 東
 
 一瞬ツモ切ろうとしたが、場を眺めて見ると、全体的に対子被りが多く、西や白などの字牌が場に四枚出きっている。使われているのは南一局で使われていた牌だ。確か斉藤が二回カン。そして、同じ牌が使われた東三局でも僕の手はチートイ。この局は対子がよりやすい配牌とツモになっているはずだ。
 そのイメージに沿って、僕は七萬を切った。もしこのまま手が伸びるのなら、四暗刻まで伸ばす。少なくとも、七対子でまとめるよりも三暗刻まで伸ばした方がいい。
 七巡目で五筒が暗刻になり、十巡目で八索が重なった。

 22m15559p889s東東東 8s

 四暗刻を確定させるなら九索切りだ。九索を残せば、四暗刻単騎のテンパイになったとき、七・九索の変則二面張のテンパイになり、ドラとはいえ安めの七索ではリーチしない限り満貫にしかならない。脇から満貫の出和了りをすれば、逆転の目はほとんどなくなるだろう。
 しかし、僕の目から、三枚の八索が見えていて、なおかつ九索は生牌。だとしたら、まだ山に残っている公算大。それに、叔父の捨て牌に六索が早切りされている。ドラが対子であるとして、八索が無い以上、掴めば九索が出てくる可能性大。
 僕は一筒を切った。斉藤が七筒をポンしていたのだ。そして一四巡目、二萬ツモ。

 22m5559p8889s東東東 2m

 予定通りに九索待ちになった。九筒を切ってダマにする。叔父からの直撃を狙いだ。もし安めを引いたときは、七九と落として単騎を変え、叔父の現物待ちに変える。
 ダマテンにした直後、山極が七索を切り出してきた。ロンの声を必死に押さえ込むと、叔父がそれをポンして、八索を切ってくる。山極がツモ切り、僕もツモ切り。
 だが、叔父のポンの際、倒した七索の右に二枚牌があった。一枚は八索のだから、七七八九索からの七索ポンか。次の巡目でおそらく出る。心臓が早くなる。汗が浮いてくる。
 叔父は斉藤が切った三筒を両面チーする。おそらく食いタンでテンパイだろう。そして、手がその牌に伸びた。
 叔父が切ったのは、九索。僕は叫びそうになりつつも、手牌を倒す。
「――ロン。四暗刻単騎!」
 叔父の手が硬直する。目が自分の切った九索と、僕の手牌の間を往復する。
「いや、ちょっと待った。その九索、俺もアタリなんだが」
 山極がそういった。また頭ハネだと――。
「手を倒す前に、一応確認しときたいんだが――この四暗刻阻止のために、頭ハネで俺が和了って構わないな?」
 山極の物言いに、叔父は不機嫌そうな、困惑したように顔をしかめ、「何いってんだ。早く和了れ」と言って、椅子の背もたれに体を預けた。
「じゃあ遠慮なく和了らせて貰う」 
 これでもう逆転の目はほぼ無い。孝子ちゃんを、こんな奴のところに――。
「ロン――国士無双、三万二千。トビで終了だな」
 山極の申告に、反射的に顔があがった。広げられていた手は、
 
 19m199p1s東南西北白發中

 と、文句なしの九索待ち国士無双。全くの無警戒だった――ドラ切りでテンパイだったのか。よくよく見れば、山極の捨て牌は、三巡目の西が迷彩になっているとはいえ、序盤から中張牌の連打、誰が見ても国士狙いの捨て牌だ。
 でも何故こんな真似を。
「お、お、おまえ、何故」
「何でって、確認しただろ、和了っていいかどうか」
「そうじゃない!」
 叔父が声を荒げ立ち上がった。座っていた椅子が後ろに吹っ飛ばされる。控え室から、店長がこちらをのぞいてきた。
「どうしてこんな真似しやがったか聞いてんだよ!」
 山極は、悪びれもせずに顔の前で手を組むと、
「あんたみたいなのを勝たせたくないからに決まってんだろ」
「な――」
 叔父が言葉を失った。開いたままの口が、何かを言おうと動いているが、声は出てこない。
「今回の話の裏はだいたい聞いてんだよ。小金持ちのおっさんが好き勝手やってるって話だろ? あんたの怒鳴り声も、あそこの婆さんから聞かせて貰ったし、俺があんたみたいなのに味方する理由なんてないんだよ。ああ、約束の報酬はいらねえ。こっちから願い下げだ」
 山極の言葉に、叔父がふらふらとよろめき、自分が吹き飛ばした椅子に力無く腰を下ろした。山極は、今度は斉藤の方に目を向けた。
「あんた、斉藤さんとか言ったっけな。何でも今回、ウチの菜摘があんたに興味あるみたいなんでね――ちょこっと、一緒に来て貰いたいんだが」
 そういわれて、斉藤の目の色が変わった。僕にはよく分からないが、そんなに恐ろしい話なのか。
「嫌って言っても連れていく。あきらめな」
 山極は立ち上がり、斉藤の手を掴んだ。斉藤はその手をふりほどこうとするが、逆に手首を捻られ、身動きがとれなくなる。
「このままだ。行くぞ。じゃあな、下家の兄さん。また今度、じっくり打とうぜ」
 お断りだ――と言おうとしたが、今回の対局は山極の一人芝居だったのだ。金もかかってないし、手加減されたのは明白だ。
「ああ。いずれまた」
 借りが出来てしまったし、山極の言うとおり、また今度、改めて打ってみたい。
「大切にしてやんなよ」
 山極はそういい残して出ていった。何いってんだよ。
 山極と斉藤が店を出て行くと、店長が僕らの前に出てきて、僕と叔父の様子を見比べると、
「勝ったんだな?」
 と聞いてきた。
「はい」
 と僕は答える。言葉にしてみて、ようやく勝ったという実感がわいてきて、同時に、疲れもどっときた。椅子に深く座りなおして、背もたれに体を預ける。
「なにやってんだ」
 が、後ろから店長に頭を小突かれた。
「早く帰ってやった方がいいんじゃないのか」
 もう少し休んでいたかったが、店長の言うとおりだった。少しでも早く帰って、孝子ちゃんを安心させてあげたい。
「じゃあ、あと、お願いします」
 そういって、僕も店を後にした。叔父は放心状態だったが、店長が何とかしてくれるだろう。

 対局終了 遠藤8400 斉藤30300 叔父-3200 山極63600
 
 ◆       ◆
 アパートに帰りついた時には、すでに昼過ぎだった。孝子ちゃんには、家の中のものを自由に使ってもいいし、好きなものを食べていてもいいと言っておいたけど、どうしているだろうか。
 部屋の前に立ち、大きく深呼吸して、呼吸を整える。孝子ちゃんになんて言えばいいんだろう。まあいいか。出たとこ勝負で。
 呼び鈴を押す。中から、小さく足音が聞こえてくる。レンズから、僕の姿を確認している気配がする。少ししてから、鍵を開ける音がして、扉がゆっくりと開けられた。
 おずおずと顔を出した孝子ちゃんと目が合う。
「ただいま、孝子ちゃん」
 僕は、そんな言葉を自然と口にしていた。
「おかえりなさい」
 と、孝子ちゃんは、微笑みつつ答えた。
 ああ、勝ててよかったと、心から思えた。
 了
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