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しょーしきのしょーじきしんどい。
少色適当なことを適当に書きます。
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トラブラー・トラベラー【後編】
 後編になります。
 前編はこちら
 

 そして日曜日。
 朝食を食べた後、部屋に戻って、とっておいた一番まともな服に着替える。ちょっと厚着である気もしたが、その時は、脱ぐなりどこかで一休みするなりすればいいだろう。
 着替えて下に降りていくと、すでにゆかちゃんが玄関に座って、靴の紐を結んでいるところだった。上は淡いピンクのTシャツに白地に水色、黄色、茶色のストライプのパーカーをはおり、下は細身のベルト付きのショートパンツに、ふくらはぎまでのレギンスという、今風の服装だった。髪は今日は前はなく後ろで二本にまとめられている。

「それじゃ、行きましょうか」

 靴の紐を結び終わったゆかちゃんが立ち上がり、靴先をとんとんとやりながらこちらに向き直った。僕は慌てて玄関に出て靴をはく。なんだか、ゆかちゃんには引っ張られてばかりな気がする。扉を開けて、二人で外に出る。
 外には突然、

「あーいたー!」
「佐代野さん始めましてー!」
「佐代野さんちーっす!」
「ゆかおはよー!」
「うわー皆下んち来るの久しぶりだわー」
「なになに出かけんのデート!?」
「中学生とか犯罪っすよー」

 たくさんの少年少女がいた。ざっと見て、五人以上はいる。ええ、何なんだこれ。

「ちょっとみんな、え、何これどうしたのいったい」

 ゆかちゃんも混乱してるらしく、僕の脇でおたおたしている。ゆかちゃんの反応を見るに、ひょっとしてこの子たちはゆかちゃんの同級生なのだろうか。

「あのーうちら、ゆかの同級生なんですけど、ここに泊ってる佐代野さんのこと聞いて」
「んで、なんだか面白そうな人らしいんで、会いに来て見たというわけですよ」
「アポなし突撃は正義」
「いやーマジすいません急で」

 やっぱり同級生なのか。なんなんだ僕の扱い。お忍びで遊びに来た芸能人じゃないんだぞ。そういう企画の番組とかでもない。

「ごめんね、悪いんだけど、僕、これから観光の予定なんだ」

 居心地悪いし、適当に断りを入れる。嘘はついてないし、それに断る理由にも丁度いいはずだ。

「マジっすか。じゃー一緒に回りましょうよ! この辺は俺らの庭みないなもんっすから」
「おーそれいいねー」

 しまったそう来たか。まずいこれはかわしづらい。

「えーと……ゆかちゃんが良ければ……」

 そういって、ゆかちゃんの方に視線を向ける。帰ってくる冷たい目。ああ、金曜日に一緒に朝ごはん食べた時と同じ目だ。何か地雷踏んだのか。これは。

「……わたしは、別に、いいですけど」

 うつむきながらゆかちゃんが答える。表情は分からないけども、ものすごく不機嫌そうな気配というか、オーラが背後から漂ってる。小さくため息が聞こえた。

「よーしゃ、行きましょう行きましょう。どっから回ります? やっぱ松原っすよね最初は」

 同級生の男子が、僕の背中をぐいぐいと押し、女子は僕の手を引っ張ってくる。無理矢理動かされながら、後ろ目に、ゆかちゃんの方を振り向く。下を向いて、集団の後ろの方にずるずると後退していくのが見えた。集団から少し離れた女子が、ゆかちゃんに話しかけているが、それに対しても、いい加減な返事をしているようだ。
 集団の人数を改めて数えると、全部で八人だった。僕の前後をゆかちゃんの同級生の男子と女子が分かれて挟み、その後ろに取り残されたようにゆかちゃんが続き、ゆかちゃんに話しかけている女子がいるという構成。周りには僕のことを話の種に盛り上がる中学生の集団、その後ろから発せられる殺気にも似た視線、まるで生きた心地がしない。

「いやー話題の佐代野さんとこうやって一緒に歩けるとはなー」
「想像以上にイケメンですな」
「まったくですな」
「えーあんたら彼氏いるじゃんいいつけるよ」
「いやいや、そういうんじゃなくてさー」

 僕そっちのけで話が広がっていく。

「あの佐代野さん、そういえば、チキンブレイブハートが来るっていうの、マジですか?」
「あーそれ聞きたーい」

 何故知ってるんだ、と思って、ゆかちゃんの方を振り向く。ゆかちゃんが慌てて視線を明後日の方へ向けた。喋っちゃったのか。いや喋るなとは行ってないけども、ひょっとしてこんなに人が来たのって、そのせいじゃないのか。

「昨日聞いたばっかりの話だから、本当かどうかは分からないけど、来るみたいな話はしてたよ」

 おおー、と集団が唱和する。楽しそうだな皆。
 目的地の松林まではすぐについたのだが、その時点で結構な疲労だった。

「ここの松はだいたい四百年前からある奴なんすよ」
「地元住民と仙台藩で共同で植えたやつで――」
「去年なんて観光客百万人超えましたからねー」

 次々とうんちくが耳に入ってくる。改めて顔をあげて風景に目をやる。

「おお……」

 さすがに絶景だった。海、砂浜、松の木の三色が、長く長く続いている。丁度今いる場所が端の方なので、およそ二キロに及ぶという三色のコントラストが続き、海面は午前の日差しを反射して僕の目を焼いてくる。これはさすがに絶景だ。昔も来たはずなのだが、改めて来て見ると、本当にすごいものがあるんだと実感する。

「日本百景ですからねえ! リアス式海岸とは一味違いますよ」

 僕の後ろから男子が嬉しそうに言う。続く話によると、周囲の海岸線がそろってリアス式海岸であるのに対し、ここは珍しく、綺麗な砂浜が長く続いている地域だという。そちらは初耳だった。
 その後も続く、中学生集団の雑談雑。何かあれば僕に話が振られるし、聞いてもいないことを説明され、耳が疲れてきた。結局松原を二キロほど歩き、午前中が潰れたところで中学生の集団は帰って行き、僕とゆかちゃんだけが残るだけとなった。

「前から気になってたんですけど、なんの本読んでるんですか?」

 さすがに歩き疲れて、松原を抜けた先のベンチに座って休憩していたところ、ゆかちゃんがそう聞いてきた。さっきまで大勢だったから、ゆかちゃんと会話をするのが久しぶりに感じられた。

「この前、知り合いに読めっていわれて渡された本なんだけど、まあまあ面白いよ」

 さすがに今回は本を持ってきてはいなかった。とはいえ、啓太の書いた本だから、持ってきていたとしても中身を見せるわけにもいかないけど。

「そうだ、ゆかちゃん、チキンハートのこと学校で話した?」

 突然聞かれたことだったので、確認も兼ねてゆかちゃんに尋ねてみる。ゆかちゃんは口に手を当てながら、

「あー、つい、嬉しかったんで。うちの学校でも、人気ですし」
「そっか。いや、別にいいんだけど、ひょっとしたら大事になったりしないかなって思って」
「まずかったですか……」
「んー大丈夫だとは思うけどね」

 下らない会話。
 だがそれだけのことの方が、大勢に囲まれて、観光名所とやらを歩くよりも楽しかった。
 結局その後、しばらく二人で他愛のない世間話をした後、大したものも見ずに宿に戻って来た。
 昼食は頼んでいないので、僕がどうしたものかと考えていたところ、ゆかちゃんはどこかと電話をして、約束ができたらしく昼前にさっさと家を出て行った。誰からの電話なのか確かめる術はないが、声色からして、多分、この前見かけた千野なのではないかと想像がついた。この後お昼を食べて、一緒に遊ぶのだろうか。こういったところは、どんなところに娯楽施設があるんだろうか。ふと頭に浮かんだのは、あの、ローズバッドという店にいるゆかちゃんと千野の姿だった。いいな、その光景。
 そうこうしているうちに、時間は一時になろうかというところだった。外に出て、どこでもいいから食べよう。ラーメンでも食べたい気分だ。

 ◆       ◆

 すぐに帰ってくるつもりだったのが、ラーメン屋で替え玉を注文して、その後腹ごなしにうろついていたところゲームセンターを見つけてしまい、思いもがけず時間を使ってしまった。携帯で時間を見ると、午後四時。本を持って出ていれば、今日で読み終わったかもしれないし、ゲームセンターで無駄な時間を過ごすこともなかったかもしれない。なんで本を持っていかなかったのか。
 民宿の玄関で靴を脱ぐと、どうやらゆかちゃんは先に帰ってきていたようだ。
 とりあえずポケットの中の財布と携帯を置いてしまおうと、二階の部屋へと階段を上がる。廊下のところで、ゆかちゃんとぶつかった。

「あ、ゆかちゃん――」

 僕が声をかけようとしたところで、ゆかちゃんは駆け足で階段を下りていった。どうしたんだろういったい。二階は宿泊客用なのだし、僕に用があったとかではないのか。
 部屋に入って、座布団の上に腰掛ける。夕飯までまだ時間があるし、今のうちに本の残りを読んでしまおう。そう思って、窓際に投げていた本を探しに立ち上がる。

「あれ?」

 しかし、ない。確か出かける前に、窓際で読んでいて、栞を挟んで床においておいたはずなんだけど。鞄の下――なし。洗濯物の下――なし。金庫の中――なし。テーブルの下――なし。テレビの上――なし。
 結局本は、床の間の花瓶の裏にあった。隠された、というわけではないだろうけど、角が曲がって、栞も外れていて、誰かが放り投げたのだろうということは想像はついた。
 まさか、ゆかちゃんに見られていたのだとすると、結構まずい。読んでいた啓太の本――タイトルは少女主義宣言。知り合いが書いた本だから、という言い訳はできるが、中身は少女の服装の観察の仕方、少女愛賛美、少女をヒロインにした短編小説と、とても、当の少女たちには見せられないようなものばかりだ。

「まずい……」

 思わずそんな独り言が漏れた。とりあえず、読んでいた箇所を見つけて、栞を挟み直す。ゆかちゃんにこんな本を読んでいたということがバレたとなると、どんな目で見られるやら。
 そろそろいい頃かもしれない。休みも終わりが見えて来た頃だし、もういい加減、帰った方がいいのかもしれない。というか、ものすごくいづらい。ゆかちゃんのお父さんやお母さんに知られたら、追い出されることすら考えられる。変に思われるより、早めに退場したほうがいいに決まってる。
 本を読み始めようと思ったところで、下の階から夕飯の時間を告げる声が聞こえてきた。しかし、これまでで一番、下に降りたくなかった。すぐ行きますーと答えた後、五分くらいごろごろしてから、食事に降りる。
 夕飯にでたのは、三練り丼になめこ汁、それに焼き魚と、若干質素になってきたとはいえ、それでも十分贅沢な品々。
 やはりというか、ゆかちゃんは広間には来なかったので、部屋の中には、僕と件の老夫婦のみとなった。今日も酒をがんがん飲んでいる。毎日というわけではないようだが、それでも結構な量のはずだ。大丈夫なのだろうか。
 忙しくないからか、それともゆかちゃんが嫌がっているからかは分からないが、老夫婦の酒の追加には毎回女将さんが来ていた。これで三回目だ。
 三回目に酒の徳利を替えにきたところで、僕は女将さんに声をかけた。

「あの、こっちにも、ビール貰えますか」
「あら、珍しい。どういう心境の変化です?」

 いやあ、何となくですよ、自分で栓開けるんでそのままお願いします、はいすぐお持ちします、と、女将さんが慌ただしく広間を出ていく。
 帰るのは明日か、明後日ということにしよう。どうせ、そろそろ最後の夜になるのだ。ならば、たまにはおもいっきり飲んで、風呂にも入らずそのまま寝てしまおう。そうすれば、ゆかちゃんのこともなにも考えなくてすむはずだ。
 
 ◆       ◆

案の定、悪酔いした。気分が悪い。食べたものが戻ってくるようでこない、しかもまともに動けない、という感じで、広間にばったりと横になって、それで九時頃まで過ぎて、ようやく歩けるようになってから、ゆかちゃんのお父さんに肩を貸してもらって部屋に戻り、電気を消してもらって、毛布だけかけて畳の上に再度横になる。調子に乗りすぎた。初日に学んだはずだろうに、なんでこうも同じことを繰り返すのか。
 気がつくと、浅く眠っていた。頭の上のケータイを探り、時間を見る。二十二時十分。一時間くらいは横になった計算か。着替えるだけ着替えて、布団で本格的に寝よう。そう思って、立ち上がった矢先、
 みし、と、部屋の外で床がきしむ音がした。したような気がした。何の音だろう。明らかに家鳴りとかそういう音じゃなかった。何か、質量を持ったものの音だ。何かいるのだろうか。宿の人なら声をかけてくるだろうし、相手は今、僕の部屋の前で立ち止まっている。
 急速に酔いが醒めていく。物取りなら、僕が寝てるうちにことをすますだろうけども、僕が起きてると分かって、何か攻撃を加えて来たりしたりしたらどうする。それとも、非科学的に、何かそういったものが出たとでもいうのか。
 少し考えた結果、僕は服を着替えるのをやめ、再度その場に横になり、毛布をかぶって目を閉じた。心臓の鼓動が早い。このままいなくなってくれればそれでよし。もし眠ってしまえれば、それでもよし。酔って寝ぼけているとするのなら、なおよし。
 だが、そんな思いもむなしく、僕が横になってから、数分の間を空けて、静かに、部屋と廊下を遮る襖が開いた。もうなんでもいい、どんとこい。携帯ぐらいは投げつけてやる。
 しかし、入ってきたのは、

「あの……佐代野さん、寝ました……?」

 ゆかちゃんだった。パジャマ代わりにしているのであろうジャージと、これまたパジャマ代わりにしているのであろう着古したっぽいワイシャツ姿だ。どうしたんだ。こんなにひっそりと入ってきて。

「起きてるけど?」

 僕が答えた瞬間だった。
 ゆかちゃんが、いきなり僕に抱きついてきた。
 面食らったとかそういうレベルじゃなく、なにが起きているのか理解するのに時間が必要だった。え、どうして、何故。ゆかちゃんがこんなことを。
 理解する前に、目の前にゆかちゃんの顔があった。慌ててよける。待ってくれ。何なんだ。なにがどうなってこうなったんだ。

「ちょ、ちょっとゆかちゃん――」

 僕は毛布を引っ張り、まるで女の子のように自分の身を隠し、大きく後ろに後ずさる。僕に逃げられたゆかちゃんが、潤んだ目を僕に向けてくる。

「――わたし、佐代野さんのこと、好きかもしんないんです」

 えええええ。
 なんで。ゆかちゃんが好きなのは、千野じゃないのか。千野だって、どう考えたってゆかちゃんのことが好きだ。なんで、なんで僕がそこに関係あるんだ。

「か、勘違いじゃないかな?」

 うわずった声がでる。自分の状況がまだ自分で信じられない。

「だって、だって、あいつらが、好きでも無いくせにって」

 ゆかちゃんは泣きそうだったが、それでも泣かなかった。あいつらって、ひょっとして学校の。

「悔しくって……」

 それだけいって、ゆかちゃんは着ていたワイシャツのボタンに手をかけた。おいおいおいおい! 上から一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、全てのボタンが外れ、するり、とワイシャツが畳の上に静かに落ちた。ゆかちゃんは、ワイシャツの下には何も着ていなかった。慌てて目をそらす。ちょっとちょっとちょっとちょっと。
 ゆっくりと、ゆかちゃんがにじり寄ってくる。僕のほうは、すっかり窓際に追いつめられていた。ゆかちゃんが、膝を突いて四つん這いになり、擦りながらこちらに近づいてくる。だんだんと、ゆかちゃんの息づかいが聞こえてくる。温度も感じられるようだ。
 手が伸びてくる。音もなく、僕の首に絡んでくる。ゆかちゃんに顔が迫ってくる。息が直に感じられる距離。途中までスローだったのに、急に早くなってきたような気がして――

「ごめんっ……!」

 あわててゆかちゃんを引きはがした。ゆかちゃんから出ていた熱が、急に散っていく。ゆかちゃんの、驚いたような、安心したような、残念そうな、ゆがんだ表情に、僕の目線がぶつかる。

「駄目なんだ――そういうこと、出来なくて、勃たないんだ、僕――」

 僕はもう、枯れてるようなものなのだ。皮肉な名。だからしたくない。ゆかちゃんが何かいいたそうに口を開くが、何も出てこなかった。ただもう一度、僕の方へと近づこうと、手を伸ばした。
 僕はそれを見なかったことにして立ち上がり、そのまま部屋を飛び出し、階段をかけ降りると、靴をつっかけて民宿の外へと飛び出した。

 ◆       ◆


 ゆかちゃんが追ってくる気配もなかったのだが、何故か僕は民宿から遠く離れ、結構な距離を走っていた。最初は全力だった脚も、だんだんと重くなってきて、最終的には、偶然立っていたバスの停留所にしがみつくようにしてその場に座り込んでしまった。

「グっは、ごホ」

 息が苦しい。うまく息が吸えない。汗が流れて、アスファルトに染みを作る。口も開きっぱなしになって、涎がぼたぼたと落ちる。膝も震える。力が入らなくなって、脚をその場に投げ出す。脚を投げ出してから、靴下を履かずにそのまま靴を履いてきたことを思い出した。擦れたところが痛い。
 まともに息ができるようになるまでどれくらいかかったか分からないが、呼吸が落ち着いて、汗が流れるのが収まった頃には、車もほとんど通らなくなっていた。本当に体力ないな、僕は。普段からランニングしてるゆかちゃんが追いかけてきてたら、絶対に逃げきれなかっただろう。
 さて、これからどうするか。まさか、民宿に戻るなんてできないし、このままどこかで野宿だろうか。財布も携帯も持ってきていないし、せめて、コンビニに行って、遅くまで立ち読みするとかした後で、どこか、眠れそうな所を探すか。海まで行けば、ビニールシートでも拾えるかもしれないし。
 そう思って歩きだしてはみたものの、やはり靴の中で擦れた足が痛い。長い滞在で、どの辺にいるのかはだいたい分かるし、道路にも見覚えがあるが、ここから海岸沿いまではだいぶ距離があったはずだ。さすがにそこまで歩ける気はしない。
 十分も歩いただろうか。月が真上に来ている。満月に見えるが、新聞では見た限りでは、完全な満月になるのは明日だったはず。
 周囲はほとんど建物がなくなり、田んぼが広がり始めた。もと来た道を戻りさえすればいいだけだが、さすがに見覚えのない景色だ。
 丁度いいところに、木製のバスの停留所が見えてきた。屋根もある。こうなったら、あそこで一晩すごそう。痛い方の足を引きずるようにして停留所にたどり着く。中には木製のベンチと停留所、壁には時刻表と町のイベントのポスターが張ってあった。今日はいつもより暑いくらいなので、風邪を引いたりはしないだろう。
 ベンチに倒れるように座り込み、そのまま横になる、足が痛いし、そのまま眠れそうだ。朝になれば人も来るだろうし、適当に起こして貰えるだろう。
 眠りやすいように体の位置を調整して、大きく伸びをして手を伸ばす。伸ばした先の左手に、手帳らしきものがぶつかった。仰向けからうつ伏せに向き直って、手に当たったものを拾い上げる。どうやら、高校の生徒手帳のようだ。適当にめくってみるが、暗くてよく見えないし、開きが硬い。新品のものなのだろうか。いったん立ち上がって、外の月明かりに照らしてみる。

「ああっ!?」

 裏を見て、思わず声が出た。裏にある生徒の名前と顔写真に、見覚えがあった。千野隆の学生証だこれ。制服は冬服で、クラスは三組。誕生日は九月二十七日。もうそろそろだ。
 僕は学生証を持って、ベンチに座り直す。何でこんなところにあるんだ。千野がバス通学をしていて、それで落としたとか、そういうところか。だとしたら、放っておいても、明日の朝にでも取りにくるだろうか。ページをめくってみるが、住所や連絡先などは書いていない。それとも、ゆかちゃんに渡せば届くだろうか。いやでもすごく顔合わせずらい。どんな顔して会えと。
 そんなことを考えて悶々としていたところ、バス停の前に一台、自転車が静かに止まった。

「あれ、佐代野さん。なんでここに?」

 千野隆だった。

「なんでっていうか、まあ、散歩というか」

 まさかゆかちゃんのことで逃げてきたとかそんなのことがいえるはずがない。

「たまたま見つけたんだけど、生徒手帳、落ちてたよ」

 平静を装って、千野に生徒手帳を渡す。変なことを口走る前に、自分で話題を変えるのが身のためだ。

「ああ、やっぱりここで落としてたんですね。ありがとうございます」

 そういって、千野が生徒手帳を受け取り、裏表と確認して、ぱらぱらとページをめくる。

「あの……、近くに、何か紙、落ちてないですか?」

 こちらに向き直った千野が僕に聞いてくる。お守りか何かだろうか。とっさに辺りを見回すが、それらしいものは見あたらない。

「結構小さい紙なんですけど」

 そういわれても、なおさら見つけるのは難しい。立ち上がって、辺りを見回してみるが、暗いし何か落ちてるかどうか分からない。

 千野も僕の隣に来て、暗がりを手探りで落としたという紙を探す。こんな時間に探しに来て、わざわざ僕と一緒に探しているのだから、おそらくは千野にとって相当大事なものなのだろう。

「……ひょっとして、ゆかちゃんと関係ある?」

 千野の背中に向けて尋ねる。千野の動きが止まっているのが気配で分かった。バス停の中に沈黙が満ちる。

「ええ、そうですねえ。ゆかちゃんから貰った奴なんですよ。破ったノートの」

 千野は深く息を吐きながらそういうと、ベンチにどっかりと腰掛けた。

「卒業式の前日だったんですけど、俺のノートに挟まってたんですよ。うちの中学校って、前日と卒業式は下級生は来ませんから、あの日見かけたのはゆかちゃんだけなんで、多分ゆかちゃんが挟んだはずなんですよ。ずっと聞けなかったんですけど。でもまあ、お守りというか、おまじないというか、願掛けというか、とにかく、大事にしてたんですよ。けど」
「けど?」

 なんだか意味深に区切ってきたので、思わず聞き返す。

「なんか、分かんないんですよ。だって佐代野さん、今ゆかちゃんと仲いいじゃないですか。この前だって、朝一緒だったみたいですし」
「――」

 誤解だ。僕はただの旅行者で、読んでた本を見て、ゆかちゃんが勘違いしただけで、それもこれも、僕のことがやたらと持ち上げられてるせいで、そりゃそんなに悪い気はしなかったかもしれないけども、そのせいでゆかちゃんと千野のことを邪魔するつもりなんてなかったし、というか僕にだって、ここではないけれど。

「分かった。千野君。僕を殴ってくれ」
「はい?」

 僕の提案に、千野の顔があがる。口を開けて、呆れたような表情で僕を見つめ返してくる。

「君には僕を殴る権利がある。そしたら、ゆかちゃんのところに行ってあげて」

 そういうと、さすがに感づいたのか、

「……佐代野さん、ゆかちゃんと何かありました?」

 と、疑いを持った目を向けて来た。それはそうだ。勘違いだとしても。

「あったといえばあるけども、それはいえない。だからとにかく、僕を一発殴って、それから、ゆかちゃんの所に行ってくれれば、それでいいから」

 なにがあったか教えるつもりはなかった。ここで黙るのが、迷惑なことをした僕の仕事に思えた。
 千野は、しばらく僕の目を見ていたが、やがて深呼吸すると、立ち上がって、「分かりました」と一言つぶやいた後、握り拳を振りかぶって、そして。
 一発。
 おもいっきり顎に来た。むこうの方が背が高いもんだから、振り下ろす格好になって衝撃倍増、立った状態から倒れるようにベンチに座り込んで、動けなくなった。口の中に血の味。歯が折れたりしてるだろうか。想像以上の威力だった。

「僕は大丈夫だから、早く行きな」

 ずるずるとベンチに横になりながら、千野にいう。口の中の血を吐くと、さすがに千野も不安そうな顔をする。

「いや大丈夫大丈夫。僕が余計なことしたせいなんだし。ゆかちゃんにも、そう伝えておいて」

 そういうと、完全に横になって、目を閉じる。結構当たりどころがよかったらしく、頭がくらくらする。千野は少しの間、僕の様子を見ていたようだったが、やがて、自転車のスタンドがあがる音が聞こえ、走りさって行く音が聞こえてきた。
 目を開けるつもりはなかった。

 ◆       ◆
 
 すずめの鳴き声で目が覚めた。晴れてきていて、日はまだ上りきっていないところを見ると、まだ朝は早いらしい。バスの時刻表を見ると、第一便が六時半。それよりはまだ早いくらいか。
 服の端の方を引っ張って臭いを確認する。思ったよりは臭くない。今帰っては、どこかでゆかちゃんとはち合わせる可能性もあるし、どうにか時間をつぶして、昼頃になってから民宿に戻ろう。
 確か、ゆかちゃんと千野が朝ランニングに行ったのが五時半から六時の間。その後戻ってきて朝食、だったから、最低でも八時を過ぎなければ民宿には戻れない。
 大きく伸びをして、目をこすったところで、回送表示のバスが通り過ぎていった。おそらく、この先のバス停で折り返してくるのだろう。だとしたら、最初のバスもそろそろくるだろうし、バスに乗る人もぼちぼちくるだろう。そろそろ移動しなければ。
 明るくなってきたところだし、最後に、昨日の夜、千野が探していた、ノートの切れ端をもう一度探してみる。僕が寝ていたベンチの下、ポスターの下、時刻表の下など、様々に探してみるが、やはり見つからなかった。そりゃ、千野が探して見つからなかったのなら、僕なんかに見つけることが出来るはずがない。
 そうこうしているうちに、バス停に制服姿の男子がやってきたので、僕はバス停を後にした。一瞬千野かと思ったが、全くの別人だった。
 いざ歩き始めると、足がひどい筋肉痛だった。昨日おもいっきり走ったせいだろう。ベンチで寝たせいで背中も少し痛いが筋肉痛に比べればましなほうだ。足をあげるたびにふくらはぎと太ももが痛い。
 昨夜走ってきた道は、明るくなってから見ると、何のことはない一本道だった。ひょっとして、この道をまっすぐいったら、ゆかちゃんとはち合わせたりしないだろうか。それは困る。
 思い直して、道を外れ、松林の方へ行くことにした。ゆかちゃんと千野がランニングコースにしてなければ会うこともないだろうし、どうせ、もうここには長くいれないだろうから、最後に一目見てからでもいいだろう。
 民宿を迂回することになり、遠回りにはなったが、何とか前回松林に行ったときの道に合流した。横でやたらとうんちくを垂れていた中学生たちも、少しは役に立ったらしい。
 しかし、昨日の夜、ゆかちゃんが言っていたことからしたら、そもそも、ゆかちゃんがあんなことをしだしたのって、ひょっとすると。いや確証はないし、確かめる方法もないのだが。まさか学校に乗り込むわけにもいかないだろうし。
 松原の景色は早朝でも良いものだったが、時間が全くわからなくなったのは大いに困った。時間が確認できなくなったので、結局、民宿に戻ったのは九時を過ぎた頃だった。
 民宿に戻るなり、おかえりなさいどこ行ってたんですか大丈夫でしたかと、一挙に言葉を浴びせられることになったが、ええ、ちょっと外で、なんとなく、問題ないです、といい加減に答え、部屋に戻った。
 部屋はほとんど昨夜のままで、布団だけがたたまれていた。大きく息をつくと、たたまれた布団に倒れ込み、顔を押しつける。
 あの後、千野はちゃんとゆかちゃんのところにいったのだろうか。行ったとして、何があったのだろうか。ゆかちゃんの勘違いは、千野の誤解は解けたのか。顔は合わせづらいが、それはすごく気になる。さすがに、それがはっきりしないと、ここからいなくなれない。
「あのー佐代野さん、ご飯とお風呂、いいですけどどうしますー?」
 顔を埋めてしばらくそのままでいると、階下から、女将さんの声が聞こえてきた。僕は顔を上げる。丁度よかった。食べて風呂に入れば、少しは気も晴れるだろう。後は、外に出て、本を最後まで読んでしまおう。
 食事は軽く、おにぎりと味噌汁、それに漬け物と塩鮭がが用意され、お風呂も普段通りに熱めで、一挙に生き返った気がした。風呂場の鏡で気づいたのだが、口から流れた血が一筋固まっていた。この状態で外を歩いてきたとはさすがに恥ずかしい。
 風呂に入って着替え、洗濯を頼むと、明日の朝にはここを発つ旨を告げた。突然いうものだから驚かれたが、ゆかちゃんの父親は、少し笑いながら、じゃあ夜までに料金出しときます、と言って、洗濯機を回し始めた。明日の朝までには乾きますんで、と教えてもらったので、ありがとうございます、と返してから、部屋に戻って本をとって、再度外に出た。
 
 ◆       ◆

 外に出て、ふらふらと歩いて、最終的に本を読む場所は、ここにきた初日、ゆかちゃんたちに声をかけられた場所にした。本を読み切るにはふさわしい場所だろう。脇にペットボトルのコーラを置いて、腰掛けてページをめくる。最後の章だ。最終章に乗っているのは、喪失少女の喪失というタイトルの短編小説だった。
 そこまでは、ふざけた内容の文章が多かったのだが、この小説は、やたらまともだった。僕自身ほんなどさほど読まない方なのだけれども、この小説は面白かった。序盤ででてきた鞄の色が、中盤で再び取り上げられた辺りで、だいぶ盛り上がってきた。しかし、読み進めて、後半になるに連れて、だんだんと妙な部分が出てきた。ヒロインである少女が、いつまでもなにも行動を起こしてこない大学院生にやきもきして、大学に押し掛けたり、アパートに押し掛けたり、仕舞には大学の研究室内でキスしようとしたりと、なんかこの行動パターンのいろいろ、なんか身に覚えがあるというか、おい、ひょっとしたら。

「あー? 佐代野さんじゃない?」
「マジだ」

 本を相手に渋面を作っていたところで、不意にどこからか名前を呼ばれた。声の方を向くと、ゆかちゃんと同じセーラー服の集団が四人。ゆかちゃんよりもスカートが短い。
 僕はケータイを出して時間を見た。十二時になろうかというところだ。なんでこんな時間に中学生がいるんだ。彼女たちはぞろぞろとこちらにやってきて、僕の四方を取り囲んだ。なんだ今度はなにが始まるんだ。

「ちょっと、顔貸してもらえます?」
「ゆかのことなんですけど」

 茶色味がかった髪を払いながら、そんな言葉が投げかけられる。本を読むのを中断させられるのは嫌いなのだけれど、ゆかちゃんのことというのなら、仕方ない。どうせろくな話ではないのだろうけども。
 連れていかれたのは、防波堤が陰になる、奥まったところだった。なるほどこういうところなら人目に付かない。

「君たち、学校は?」

 閉じた本をポケットに押し込みながら尋ねる。黙ってついてきてしまったし、こちらから話を始めたかった。

「今日半ドンなんですー」

 半ドンて。使うのか今時。

「ぶっちゃけ、佐代野さんって、ゆかのこと好きなんですか?」

 半ドンに気を取られてたところで、僕の右隣の子がそう聞いてきた。どっからそういう話になった。

「怪しいんだよねーゆかも。やたらとあんたの話してくるし。なに客にのぼせ上がってんだよって感じ」
「あたしたちが話題にしようとすると絡んでくるしうざいんだよね」
「おめーのものかよっていう」

 怖っ。これが女の子の悪口というものか。こういう形で聞かされることになるとは。

「それで、どうなん? あんたゆかとつきあってんの?」

 今度は左隣から聞かれる。

「そういう事実はないよ」

 僕は短くそう答える。余計なことをいって話をこじれさせたくないし、そもそも、こんなところに連れてきてる時点で、話を聞くかどうかも分からない訳だし。

「そんな風には見えないから聞いてんですけど」
 ほらやっぱり聞いてない。

「じゃあ何でゆかがあんななってんの?」
「ちゃんと答えないと、ゆかのこともっといじめちゃうよ?」
「結構こたえると思うよー」

 いじめるだって。どうしてそうなる。ゆかちゃんのどこに悪いところがある。僕は学校でのゆかちゃんの立場なんて分からない。学校でどれくらい僕の話をしてたかなんてことも知らない。だが、どうやら、
「僕のせいか……」

 周りに聞こえないように一人で呟くと、僕は頭を抱えた。なんてことだ。ゆかちゃんが昨夜いっていたのもこのことか。

「おい、なんかいえよ」
「そもそも、中学生相手ってなんなの? ロリコン?」
「大人のくせに中学生に惚れてんじゃねーよ」
 ……大人? 僕が?

「今、僕が大人っていったな?」

 僕は顔を上げて、正面の子を睨みつけるようにしていった。さすがに、意味が分からないといった顔をしている。周りも同様のようだ。

「僕が大人だっていうなら、君ら、僕のいうことを聞くよな? 君らが子供なら」

 誰も何もいわない。納得してるのか、それとも理解できなかったのか。たぶん後者だろう。僕は言葉を続ける。

「僕はゆかちゃんのことが好きなわけじゃないし、今ゆかちゃんは僕じゃない好きな人がいるし、ゆかちゃんのことが好きな人もいる。僕はそれを応援したいし、それをもし邪魔する奴がいるなら、許せる気がしない。たとえば、今この場で、海に放り投げてやりたいくらい」

 さすがにそこまでいうと、僕がいいたいことも分かってきたらしい。距離的に一番近かった右隣の子が、後ずさり、僕の後ろに立っていた子が僕の脇に位置を変え、正面の子は僕の前を外した。

「金輪際ゆかちゃんのことをいじめないよう、ここで誓ってくれるかな。そうしたら、僕も今後余計なことはしないし、ここから帰る」

 もっとも帰るのはもう決まってるから取引には全くならないけれども。
 彼女たちはお互いに目配せしあい、小声でぼそぼそと話し合っていたが、やがて、一番身長のある子が、軽く舌打ちをしてから、僕に背を向けた。

「分かったよ。やめりゃあいいんだろ」
「ああ」
「すぐに帰れよ」

 それだけいうと、早足でその場を去っていく。慌てた様子で、ほかの女子が続いていく。話してるうちは分からなかったが、彼女がリーダー的存在だったようだ。
「なんかあったら、すぐにまた来るけど」
 彼女たちの姿がだいぶ遠くになってから、そう唱えた。風に乗って届くなら、それもそれで、よし。

 ◆       ◆

 その後、そのままの場所に座り込んで、一時を回った頃に少女主義宣言を全て読み終わった。最後の短編小説は、少女が主人公の取り巻き相手に盛大な説教をかまして、少女と主人公が結ばれて終わった。主人公は伸び放題だった髪をさっぱりと切り、まるで別人のようになって再登場した。まるで僕の置かれている状況をなぞったかのような展開で、改めて作者の佐宮啓太はクソ野郎だと思った。捕まってしまえばいい。
 本を閉じて、防波堤の陰から出る。だいぶ日が高くなっていた。ここにきた時と同じくらいに暑い。ふらふらと最初座った防波堤のところに戻り、改めて座りなおして海を見る。相変わらず綺麗だ。ここに、僕は必要ない。
 置きっぱなしだったコーラが倒れて、派手に中身が流れ出ていた。おそらく、さっきの女の子たちが腹いせに蹴飛ばしていったのだろう。ついでに中身を全て捨てて、海水で中身を洗い流した。後で、ゴミ箱をどこかで見つけたら捨てよう。
 ゴミ箱を探しつつ、民宿へ戻る道につく。明日には帰るといってきたのだから、荷物をまとめたりなんかしてもいいだろう。その荷物も少ないけれど。
 コーラを買った自販機の脇にゴミ箱を見つけたので捨てる。新たに何か飲み物でも買おうと思ったが、宿に帰るまで我慢できるだろう。缶がゴミ箱の中で音を立てるのを聞き遂げ、ゴミ箱から振り返ったところで、そこに、自転車を押していた、制服姿のゆかちゃんが立っていた。……そういえば半ドンだったって言っていたけど、本当だったのか。

「えっと……今帰り?」

 白々しくそんなことをいってみる。とはいえ、さっきあったことは、自分からは絶対にいえない。そんなことをしたら何もかも台無しだ。

「ええ、今日、午前授業だったんで」

 ゆかちゃんのほうは、一見平然としてるように見えたが、目が笑ってないし、返事をしただけですぐにまた歩きだした辺り、やっぱり怒っているようだった。
 慌てて追いついて、隣に並ぶ。そのまま逃げられるかとも思ったが、そのままだった。

「昨日の夜ですね」

 しばらく無言で歩いていたが、唐突にゆかちゃんが口を開いた。

「千野先輩が家にきて」
「うん」
「告白されました」

 相変わらず歩みは止めない。

「……つきあうんだ?」

 できるだけ興味のないように、抑揚を押さえて聞く。事が荒だったのは僕のせいなのだから。
 ゆかちゃんが少し黙ったので、僕たちの歩く足音と、自転車の車輪が回る音だけがしばし続いた。

「……はい」

 囁くような声でゆかちゃんがいった。大声で騒ぎたくなるのをぐっとこらえる。もし部屋に一人だったら本棚の一つでも引き倒していたところだ。

「おめでとう」

 一言、そう告げた。適当なことを言うわけにはいかないし、僕がまいた種なのだから、余計なことを言うわけにもいかない。

「はい」

 ゆかちゃんも、それだけいった。ぶっきらぼうな言い方だったが、嬉しそうだったのは、わずかながらに伝わってきた。それで会話は終わり、僕たちは民宿への道を急いだ。
 宿に戻ってゆかちゃんが最初にいったのは、「お昼、食べたんですか?」だった。そういえば、昼食は頼んでいないから、何も出てこないのか。頼めば何か出してくれるかもしれないけども、それもちょっと。
「部屋に行っててくれますか」
 僕が迷っていると、ゆかちゃんがそういって、ぐいぐいと僕の背中を押してきた。促されるままに二階に上がるが、どうしたんだろういったい。
 部屋で座ってしばらく、十分ぐらいすると、ゆかちゃんが早足で階段をあがってきた。手には丼と箸。

「どうぞ」

 そういって渡されたのは、丼の上に、炒めたキャベツと目玉焼きが乗った、キャベツ目玉焼き丼。

「ひょっとして、ゆかちゃんが作ってきたの?」
「そうですよ」

 驚いた。ゆかちゃん料理できるのか。

「いただきます」
「はい」

 目玉焼きの端の方を割って、ご飯と一緒に口に運ぶ。うまい。結局、五分とかからずに平らげてしまった。そんなに腹が減ってるような感じでもなかったのだけれど。

「ごちそうさま」
「おそまつさまでした」

 手に持っていた丼をテーブルに置く。ゆかちゃんはそれを持って立ち上がろうと手をテーブルにのせて、そこで動きがとまった。何だ、と思っていたら、テーブルの上に、水滴が一つ落ちた。ゆかちゃんの顔を見ると、頬を、涙が一筋、つたっていた。
 ゆかちゃんがゆっくりとこちらを振り向く。目にいっぱいの涙を浮かべて。おもむろに、ゆかちゃんが僕に抱きついてきた。何事かとも思ったが、今回は、ゆかちゃんはなにもしてこなかった。ただ、僕に抱きついて、泣いているだけだった。
 僕も反応に困るところだったが、おずおずとゆかちゃんの頭に手をのせ、なぞるように髪をなでた。

「大丈夫。大丈夫だよ」

 それ以外に言葉が思いつかなかったので、まるで念仏かなにかのように、それだけを繰り返した。

「大丈夫、大丈夫だって……」

 結局、ゆかちゃんが泣きやむまで、ずっとそれを繰り返していた。着ていたTシャツに、ゆかちゃんの涙の染みが大きく出来ていた。

 ◆       ◆

 その日の夕飯は、僕の最後の夜ということで、刺身の盛り合わせに天ぷら、さらに鍋までついたかなり豪勢な物が出てきた。何故か僕が帰るということを聞きつけた老夫婦が食事の間中僕に話しかけてきて、これでまたどっと疲れることになった。僕が夕飯を食べている間、ゆかちゃんは泣き疲れて自分の部屋に戻って寝ていた。
 そして翌朝。
 一日晴れそうな空だ。日が昇り始めた頃に目が覚めたので昨夜のうちに詰めた荷物を確認する。どうせ元々荷物は多くない。靴下片方失くしたとか、小学生のプールの時間みたいな恥ずかしい真似はしたくない。二日分の着替えと、財布に携帯、それに啓太の書いた本。諸悪の根源だ。部屋の中のものも可能な限り片づけておく。
 最後の朝だ。外の空気を吸いに行こう。大きく背伸びをして、階段を下りる。そこで、丁度部屋から出てきたゆかちゃんと目が合った。

「おはようございます」
「おはよう」

 そうか、この時間だし、千野とランニングか。付き合うっていってたけど、多分、変わらないんだな、そういうところは。
 ゆかちゃんが靴をはくためにしゃがんだところで、玄関の扉が開けられ、千野が姿を見せた。

「おはよう、ゆかちゃん」
「お、おはようございます」

 ゆかちゃんがどもった。千野も、結構平然としているが、靴をはくためにしゃがんでいるゆかちゃんを見下ろす格好になって、どうしたらいいのかまごついてるように見えた。僕は階段を下りて、玄関の方へと向かった。

「おはようございます、佐代野さん」
「おはよう千野君」

 僕に気付いた千野が僕に挨拶してきたので、それに返す。ゆかちゃんが靴紐を結び終わり、立ち上がった。

「なんていうか、ありがとうござました、佐代野さん」

 ゆかちゃんが先に玄関から外に出たところで、千野がそういった。なんだよいきなり。

「僕は、何もしてないよ。むしろ、迷惑だったかも」
「そうでもないですよ。学生証のこと、忘れないですから」

 ……ひょっとして、特に何というわけでもなく、単に学生証のお礼だけだったりするのか。うわあ。変に勘違いしてしまった。恥ずかしい。

「先輩、行きましょう」

 外で、ゆかちゃんが千野を呼ぶ。二人とも、この後は学校なのだから、あまり時間はないだろう。

「うん、今行くよ」

 千野はそう答えて、外に出てゆかちゃんと並ぶ。

「いってらっしゃい」

 肩を寄せ合う二人に、後ろからそう声をかけた。

「行ってきます」

 振り返った二人が、声を合わせた。
 了






 

<webあとがきみたいなもの>

 持っていった物と全く同じもの載せてもアレじゃねいや向こうには登場人物紹介とか本誌あとがきとかあるしとかいいわけしつつもう一回直すのめんどくせえだけだよ畜生いや完成した奴を公開後に何回も直すのカッコ悪いよねとか考えつつこんにちは。

 というわけで、トラブラー・トラベラーであります。タイトルはある人をリスペクトしてカタカナで韻を踏んでみました。どんな話なのかっていわれれば読んでみて下さいとしか言いようがないんですがまあこんなの読んでる暇があったら今すぐ本屋にいて敷居の住人を全巻買って近藤ゆかさんの素晴らしさに打ち震えて欲しいと思うほどには近藤ゆかさんのために書かれたお話です。オリジナルの皮をかぶった二次創作みたいなものでもあります。

 読みやすいようにあっちこっち改行してみたんですが台詞の後に一行入れる癖があるようですね。どこの誰でしょうかこんな面倒な文章書いたのは……。その他のお話としてはお話の舞台は皆さんご存じ岩手は陸前高田市です。まさかプロット組んでから町が消えるとは思っても見ませんでした。でもまあ、彼ら彼女らは逃げ切れたのだと思います。そう信じます。それから作中のローズバッドはアルバム電子の妖精に収録されているROSE BUDみたいな意味で使ってます。
 
 ところで本作の語り部的ポジションにいる佐代野木乃伊と、名前の出てきた佐宮啓太という人物なのですが、彼らともう3人ほどを加えた、「頭文字Kシリーズ」というものを構想しております。もっともこういうのって構想した時点で満足して大体本文に取り組まなかったりするんだけどな!
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