プロフィール

少色

Author:少色
     syousiki
     

一応アドレス
sanzikaro☆
mail.goo.ne.jp

☆を@に変えて、上下を連結のこと。

Twitter始めました

ブログを更新するのが面倒だから

こうしています。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

FC2ブログランキング

FC2 Blog Ranking

しょーしきのしょーじきしんどい。
少色適当なことを適当に書きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

魔法少女まどか☆マギカの斬新性・残酷な世界の少女たち・並びに進化生物論およびゲーム理論的考察
 魔法少女まどか☆マギカの進化生物学・ゲーム理論的考察
 
 魔法少女文脈におけるまどか☆マギカ
 
 随所で話題の魔法少女まどか☆マギカを見てみた。確かにこれは今までになかった魔法少女モノといえます。何故まどマギが新しいのかといえば、端的に、3話でメインキャラクターのマミさんが死んだところが大きいです。これは単に衝撃的な展開だとか虚淵やってくれたな! という問題ではありません。無論、虚淵がやったんだからこうならざるを得なかったという点はありますが。
 さて、このマミさんの死亡について、何がすごかったのかというと、「これまでの魔法少女モノの文脈上起こり得ない」ことが起こったからであるといえます。これまでにテレビで放映されていた魔法少女モノといえば、古くは魔法使いサリーから始まり、近年では燃え系魔法少女としてなのはシリーズがありましたが、今回のまどマギは、そういった文脈から一歩踏み出したモノであり、それがマミさんの死の描写であったというわけです。
 これまで、魔法少女モノの文脈上では「味方の凄惨な死」というものはありませんでした。魔力によって吹っ飛ばされたり戦闘不能になったりしても、今回のような「敵に頭を食いちぎられておまけに遺体モグモグ」なんて、どこの魔法少女モノに前例がありましたか。おそらくないはずです。
 そもそも魔法モノ全般が、「凄惨な死」から遠ざけられているような傾向があります。例えばハリーポッターシリーズを見てみても、魔法によって体が変化したり、ひどい目にあっても、それが魔法による出来事であり、それが一種のファンタジーとして片づけられているように見えます(だからこそ、死の呪文が重いのですが)。そういった魔法モノの流れを汲むであろう魔法少女モノにおいて、メインキャラクターの凄惨な死は、多くの人に衝撃的に映ったことでしょう。
 さらに、そもそもマンガ・アニメにおいては、キャラクターが「死なない身体(ダイ・ハード)」を持ってるという側面があります。たとえ傷ついても、次のコマ・シーンで元通りになっている、というのがマンガ・アニメの表現上のお約束になっているため、作中の死というのは虚構化しがちであり、すぐに治るように人は錯覚しています(この辺は手塚治虫が戦争マンガでこの事態を克服していようとがんばってたりするようです)。このようなマンガ・アニメの文脈を叩ききるように、唐突にしかし確実に、頭を食いちぎってかつ遺体も食べるという徹底的に殺す=「死なない身体」の否定が、3話におけるインパクトの要因となっているでしょう。
 ついでに、キャラクター原案が蒼木うめ先生であることも一役買っているといえるかもしれません。先生の書く絵柄も死のイメージから突き放された絵柄であることから、衝撃度が上がったということは想像に難くありません。腹パンクラスタの存在はこの際無視するとして、ですが。
 ともあれまとめると、まどか☆マギカの新しい点とは、これまでの魔法少女モノの文脈には存在しなかった、「味方の凄惨な死」をぶちまけたという点が、多くの視聴者にとって衝撃的で、新しい面であったということであります。
 
 少女を扱う物語としてのまどか☆マギカ

 エグい。これはひどい。
 こういうひどいという感覚は、放浪息子に非常に近いです。RTで放浪息子の対極にまどマギがあるという話が回ってきましたが、まさにその通りだと思います。
 放浪息子に関する私の態度は以前の記事を見てもらうことにするとして、今必要な情報だけ述べると、放浪息子は、作中の人物の悩みが、基本的に内面的要因から発せられており、世界は、それを受け止めるに足る美しい世界として作られているということです。ここに、悪意の入り込む余地はありません。それを象徴するのがささちゃんであるといえるでしょう。
 ではまどマギはどうかというと、作中の人物の悩みは、概ね外部から押しつけられているモノであり、世界は悪意に満ちていると見ることができます。そこには、少女が少女として振る舞える余地などありません。これは非常にひどい。蒼木うめ先生の絵がそのえげつなさをさらに煽る。
 4話終了時点での、さやかが上條によけいなことした説とかほんとやめてほしい。そしてなんで青死ねとかみんないうの(言ってない)。好きな相手のことを想って起こしてもらったはずの奇跡が裏目とかどういうことなの!! あやまれ!! さやかにあやまれこの世界!! ふざけんな!!!
 失礼取り乱しました。まだ確定してないですねこれに関しては。あとさやかが魔法少女になる理由が弱かったとかという話なんですが、「なんで○○がこんな目にあってるのに他の奴は」というのは世界を憎む理由としては相当強いです。この感情は自分以外の大切な人がこういう状況に陥ったときにかなり強いです。「なんでてめえみてえなのがヘラヘラ生きてんだよ!」ってなるとかなりキツいです。その辺もっと掘り下げてくれればよかったのですけど。いやでも女子中学生にそれさせるって……。
 世界が悪意に満ちているってのいうのは、マミさんが容赦なく食い殺されたり、色々なところに魔女やその使い魔が現れて被害者が現れているってところから分かると思います。なにがエグいって、女子中学生の少女にそれをやらせますか、と。それは酷なことじゃないか、と。少女に戦わせる世界というのが、それで正しいのか、と。無論それがいい人もいるのかもしれませんけども、そんなものが、そんなクソみたいな悪意が、少女が少女であることを邪魔していいのか、と。
 私の立場は 断 じ て 否
 ○○らしさが強制されるのは悪いとか言われますが、少女が少女でいることが出来るはずの世界に見せかけておきながら、そこに外部から悪意を呼び込んで、少女を悪意ある世界に参画させることがいいことなのか。否。魔法によって少女が世界を変革させる定石を破るのはいいが、でも少女たちに悪意をぶつけないであげて。



 はいここまで前書きです。
 ここから本番です。
 
 さて、そもそも何故進化生物学的なアプローチをするのかといえば、個人的にそういう内容がありそうだと感じている点と、あとは、今のところ「鏡の国のアリス」を基礎とした考察がなされていますが、私が読んだことないというのが理由です。

「赤の女王仮説」について

 進化生物学には、「赤の女王仮説」と呼ばれるものがあります。鏡の国のアリスから取られたものです。この仮説は「その場にとどまりたければ、走り続けなければならない」という赤の女王の台詞から取られたもので、ある生物種が攻撃者から身を守るには、常に交雑によって遺伝子の配列を組み替えなければならない、というものです(ただし、赤の女王仮説が完全に正しいという訳ではありません。赤の女王仮説は、生殖において雌雄に分かれる必要性までは説明できません)。
 さて、これを元にまどマギの一話を見てみると、まずまどかが「今の日常が大切」という趣旨の発言をしている描写があります。ということは、赤の女王仮説に基づけば、「日常を守るためには、戦い続けなければならない」という物語の骨子を作ることができます。それから物語のループ疑惑が流れてますが、これも「戦い続けなければならない」というところに組み込めるかと思います。
 また、一話で「ラブレターの一つも……」的な会話がなされている描写がありました。その後に悲惨な展開が続いているのでスルーされていますが、転校生としてほむらがやってきたり、外部からの来訪者として、QBが現れたから、「ラブレターの一つも……」という願望はすでに達成されたものという見方ができます。
 ここで、ほむらは同性なので、外部からの来訪者としては、QBのほうが重要だと考えるのが大事でしょう。これまでの魔法少女モノでは、魔法少女の使い魔=男性の象徴、とするのが一般的ですが、このQBは使い魔ではなく、単に力を与えるものとして描かれています。と、なれば何なのか――私の考えるのは、細胞内共生生物です。我々の身体の最小単位は細胞ですが、現在細胞内にあるミトコンドリアは、どうも、最初から細胞の一要素であったのではなく、後から細胞内に入ってきて、共生を始めた可能性があるとされています。これをまどマギに当てはめると、魔法少女の力=細胞内共生生物と見ることができるでしょう。つまり作中の魔法少女は、細胞内共生生物を受け入れた、新種の生物として扱われるべきでしょう(無論比喩ですが)。QBが自分が共生できない相手と見るや、別な相手を探しに行こうとするのは、種の保存が目的となる、生物としては当然の反応といえるでしょう。それと、この先百合展開があるとして、魔法少女と一般人は別物だから結ばれない、的な展開は激しく希望しておきます。
 さて、魔女の方の話もしましょう。進化生物学的な言い方をすれば、魔女は「攻撃者」であるということができます。ウイルスや細菌などですね。魔女という攻撃者から身を守るために魔法少女の力を身につける必要がある、というのは確かにある意味筋が通っているような感じがします。魔法少女のなれの果てが魔女、という意見も目にしますが、その辺については、よく分かりません。今後の情報に期待したいです。
 その他には、暁美家においては主夫が存在し、母親が働いているという点において「雄の生殖細胞=動き回る」「雌の生殖細胞=その場に留まる」の逆転であると見ることができます。
 
 ゲーム理論的考察

 検討中……


 おわり
 ※筆者はゲーム理論はかじった程度の知識しかありませんので、用語の用法や理解が間違っていたりしたら、こっそり教えてください。
 
スポンサーサイト

テーマ:魔法少女まどか★マギカ - ジャンル:アニメ・コミック

この記事に対するコメント
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
【2013/04/16 20:32】 | # [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://syousiki.blog53.fc2.com/tb.php/946-d375b2bd
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。