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しょーしきのしょーじきしんどい。
少色適当なことを適当に書きます。
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援助交際とかが嫌いな話
 言葉で世界が変わることについて

 私は援助交際という言葉嫌いである。訂正しよう、大嫌いである。無論援助交際という単語で表される営みが嫌いだというのもあるが、未成年者の素人売春を表す言葉としての援助交際も吐きそうになるくらい嫌いだ。
 同じ理屈で、万引きだとかカツアゲという言葉も嫌いだ。万引きは窃盗です、なんて注釈つけないといけないくらい万引きという言葉によって表される行動が一般化してるのがそもそもおかしい。
 そういう風になった原因がどうだとか、責任は誰がとるのか、みたいなのはともかくとして、そういった単語について疑いを持たずに使っている人々は、私にとって実際にその行動をしている人間と同じくらい見ていたくない存在でもある。援助交際という単語と現象がこうやって残っているのは、その存在を自覚的にせよ無自覚的にせよ受け入れて、他人と共有している人間がいるからなわけで、それが私には我慢ならなぁい(外山耕一風)。
 そういうわけで、私は援助交際をなんとしても未成年素人売春と呼ぶし、援助交際を是として、それに人を取り込もうとしてくる人間に対して、何らかの好意的な感情を持つことができそうにないし、今後持つための努力もする気はないので、いつの日か、援助交際がイースター島のモアイ像の建造理由並に永遠にこの世界から消え去ってくれることを、インターネットの片隅からいわゆる現実に対して祈ることにする。
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テーマ:▼どうでもいい話 - ジャンル:日記

消えてしまったあの人について
 自慢だけど、私はフォロワーの中でも割と早くに気づいた方だと思う。朝起きてまずやることがパソコンつけて人事ったーでフォロワーの増減の確認、各種ブックマークの確認、までして異変に気づいた。その時点では人事ったーのデータ上では表示されていなくて、ただ二人分フォローイングとフォロワーが減っていることだけが分かったのみだったのだが、ブックマークの確認でメインのブログとサブのしばらく更新がなかったブログの両方が消えていたことに気づいて愕然とした。でもその時点ではまだ望みというか、探せばいるんだろうし前から話していたmixi辺りにでも非難しているんだろうと思っていて、まったく利用していないmixiにログインしてあの人と友人であろう人を伝ってみた。ところが、Twitterで名前を聞くいろんな人がいるのに、それらしい人が友達一覧にいない。あの人だと判別できるようなアイコンがどこにも存在しない。これにはさすがにびびった。何かの間違いじゃないかと思ってTLを見ていると、どうやらそれに気づいた人がちらほらと見受けられ始めた。土曜日の朝のことである。
 本当はあんまり話題にしないつもりだったのだけど、増田(というらしい)の話を読んだり、だいぶ事実が広まり始めたので、一応、自分にとっての整理について書いておくことにする。というか、研究論文だの教科書だのでないのだから、自分のためでない文章にはなりようがないのかもしれないけど。

 私にとって、インターネットで誰かと交流することは年上の人と交流することだった。話が10年以上遡るがそこからでないと話にならないので勘弁して欲しい。我が家にパソコンとインターネットがきたのは、正確には覚えてないけどOSがMeだったころだ。当時はそれ以前のものなんて全く知らなかったら何の不満もなく使っていたけれど今思えばよくあんなもの使ってたなという話だ。さてその頃からパソコンを使っていたなんていっても大分遅れて入ってきたんだなと思う人もいるかもしれない。しかし、場所は東北の岩手県である。パソコンどころかワープロですらハイカラな土地柄である。少なくとも我が家は同級生連中(といっても1学年1学級で24人しかない)各家の中でも2、3番目の速さでインターネットに触れることが可能になったはず。ちなみに私以外の二人のうち一人は地元で一番いい高校に無事進み、もう一人は高校卒業後浪人して、3.11の頃は東京にいたとかいう話を聞いた。

 当時の私は小学生なわけで、インターネットをしていて年下と交流があることなんてほとんどなかった。ゲームの掲示板やら小説投稿サイト等でチャットをしていても、その人たちは大概が私より年上であり、当然のことながらいろんな技量や経験が圧倒的にあちらが上なわけである。
 
 そういったわけで、私にとってインターネットとは、年上の人たちがすごいことをしているところ、という認識であった。高校の頃は丁度ニュー速vipで野菜レイパーがスイカをレイプしたりケツに人参やらナスやら突っ込んだりしていて、イミフwwwwうはwwwwおkwwwwが現役だった時期であり、この人たちはなんでこんなに面白いんだと思ったり、当時流行していたケータイサイト、エムペとかがニュー速vipの影響で炎上したり学校や氏名と特定されたりしていて、vipperは敵に回すと恐ろしいが味方にすると頼りない、という標語を本気で面白がったりもしていた。
 大学に入ることにはそんな熱は冷めて、何でこいつらは毎度毎度ロリコンの定義で同じような会話をするんだとか、近親相姦の是非について同じ話題をループさせてるんだと苛立つことのほうが多くなっていた。そりゃあ2ちゃんねるは匿名の掲示板であり人も入れ替わるのだから同じ話題が繰り広げられるのに苛立つ欧がアホというもんなんだが、それでもとにかく2ちゃんえるへの情熱はなくなっていた。

 そんな中、Twitterを始めた。やっとTwitterが出てきた。前置きが長すぎた。初めてすぐの頃は何をどうしたらいいのかも良く分からんかったけど、ふぁぼったーとかの周辺サービスとか、ロリで検索sて出てくる人をフォローしてみるとかで、なんとなくどういうものなのかは分かり始めた。私が実写麻雀牌アイコンだった頃の話。転機がきたのは文学フリマに初めて行ったころ。その直前のGW最終日、アニソン三昧を聞きながらさよならピアノソナタを読んで致死的ダメージを受けて、何をトチ狂ったか高校時代に担任から貰った写真の詰め合わせを見て自分に追い討ちをかけたせいでスカイプで5時間を越える通話をして、その数日後には文学フリマに行くための東京行きの高速バスの予約をしたといういきさつがあった。この辺の流れについては、Twitterと文学フリマを私にもたらしてくれた義里さんに感謝しないといけない。
 そして、文学フリマから戻って、その辺りの有名人をフォローしていくと、その人の名前があちらこちらから出てくるようになった。そんな中読んだのが、今ではもう読めないが、AIRと夏についてだったか、とにかく、そういった美しすぎる世界と現実のあまりの違いについての記事だった。GWからの感情の高まりのピークは、間違いなくそこだった。こう思ったのだ。

「そろそろまぜろよ」

 つまり私にとって世界とは年上の人たちからの影響を多分に受けて出来ているものであって、その一端が、今回消えてしまったのだ。私にとってその人たちは、10歳も20歳も年上であり、10年後20年後、同じようなところにたっていられるかといえば、それは不可能だと思う。もし同じ位置に立つことが可能だっていうのなら、それはその存在が私にとってはそこまで特別でないということに他ならない。無論、誰かと全く同じ人間なんて存在せず、何かが良くも悪くも違うというのは分かっているし、自分が何をやっても自分にしかなれない、というのが私が普段から思うところでもある。変に期待するほうが悪い、ということも分かっているし、何かを強要するのは筋違いなのは百も承知だ。だがしかし、それは私にとっては唯一であり、必要だったものなのだ。私は、どこにまぜてもらえばいいんだか、分からなくなってしまう。そういったものを乗り越えて強くなるんだとか自立していくんだとか、そういうありきたりな説教はハナクソの塩味の加減くらいどうでもいいので、聞かない。お前は私じゃないのに、何故私の心が分かると思えるんだ。だから、聞かない。

 最後に。
 もし万が一当人が私のブログを見て、この文章に目を通していたとしたら、ごめんなさい。私がただ思ってることを書きたかっただけで、それによって戻ってきて欲しいとかそういうことをいいたいわけではないです。どういう心境で消えてしまったのかを、完全に理解することは私には不可能かもしれないので、何かを要求したりする権利はどこにもないと承知しています。
 ただ、もし、今回のこともひっくるめて、自分のことを肯定してもいいなという気分になれたら、また戻ってきてくれたら私は嬉しいです。そのときはまた、少女ったーと制服少女ったーと非制服少女ったーの項目についてでも、お話をしましょう。

テーマ:▼どうでもいい話 - ジャンル:日記

一人衣替え観察に行ってきました
 今日から衣替えということでどんなもんじゃいと思いまして朝から制服を観察してきました。以下がレポートになります。ほとんど寝ないで言ってきたのでとても眠いです。

 前書き
 衣替え直後の様子について観察してきたのでその様子や傾向についてまとめる。制服の夏服に、デフォルト状態からさらにプラスされているかどうかをオプションのあり・なしで判別した。

 1 単純観測結果
 観測時間 午前6時50分~午前8時30分
 観測地点 
 地点A 盛岡駅改札前
 地点B 盛岡駅外滝の広場(フェザン入口前)
 その他(移動時等)
 観測サンプル数 205
 うちオプションありの数 121
 比率 41:59
 
 オプションありの制服の数が多いという結果が得られた。ここでいうオプションとは制服であるワイシャツやブラウスの上に着ているベストやセーター、ブレザーなどを指す。厳密に数えているわけではないが、やはりセーラーよりもワイシャツ系の制服の方がオプションありが多いという感があった。そもそもワイシャツ系の制服はセーラーに比べてオプションの幅が広いという点もある。
 観測数の多くは岩手女子高と白百合女子であり、この二つがオプションのあるなしに大きく影響したともいえる。白百合はオプションありの生徒はほとんどおらず、逆に岩手女子の生徒はほとんどが指定のベストを着ていた。岩手女子の観測数が比率に影響を与えたと考えられる。

 2 考察
 ・時間帯について
 主な登校時間であると当りをつけた時間帯に観測を行い、多数の制服姿を観測することに成功した。8時半頃にになると制服姿が減っていったことから、盛岡市内の学校の多くは登校時間が8時半よりも早いと思われる。8時半頃に観測された制服はそれより早い時間帯よりもスカートが短くなる傾向があった。

 ・観測地点について
 改札前では多くの制服が観測されたが、まっすぐ階段を降りて北口から出ていく生徒と、エスカレーターを降りて南口から出ていく生徒に大別された。ちなみにしょーしきは財布を椅子に置きっぱなしだったのを女子高生に拾ったもらいました。ありがとう。さて観測地点Bでは岩手女子の制服を数多く観測したが、これはこの道が岩手女子高への通学コースになっているからなのではないかと考えられる。各自地図を参照のこと。また地点Bからはバス停を見ることができ、そこで白百合の制服を多く確認した。盛岡駅からはバスでの移動が多いと推測できる。

 ・学校ごとの特色について
 数多く確認されたのは白百合と岩手女子である。岩手女子はブレザーの学校であり、夏服は赤と黒のチェックスカート、白の指定のシャツ(スカート中に入れる必要がないデザイン)にスカートと同色のネクタイ、白ソックスという構成になっている。その上に灰色の指定のベストを着ている生徒がかなり多かった。スカート丈もまちまちであり、これは校風なのだろうか。
 また、もう一つの勢力である白百合は、全国共通のセーラー制服である。ネクタイが特徴的であり、一度覚えれば忘れることはないであろうし、持っているバッグから高等部・中等部を見分けることもできる。今回の観測ではオプション類を一つも見なかった学校であり、セーラーだけで寒くないのかどうかを考えた場合、何らかのインナー類が自由なのではないかと考えることもできる。というか校則を教えてくれ。

 3 全体のまとめ
  今回観測されたのはほとんどが夏服であり、冬服で登校していた生徒もいないわけではなかったが、極々少数であった。私立高校でもそれは例外ではなく、多くの生徒が夏服に移行したといえるだろう。もちろん気候条件の問題もあり、今日は比較的暑い日であったというのもある。今回の結果で分かったことや、さらなる疑問点を追及するため、次回は来月頭の7月1日に観測を行いたいと思う。

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