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厳格的殺人鬼社会 前現来世編
 無常現世は、自宅のソファに座って、食後のワインを飲んでいた。食後とは言っても、これからのことを考えて程々にしておいた。クラッカーにチーズ、そして今飲んでいる少量のワインが今日唯一の食事だ。
 本当は何も食べずにいるつもりだったのだが、チーズが貰ったばかりだったのと、ワインがちょうど前世の自分の誕生日のものだったので、何かの符丁にも思えたため、こうやって最後の晩餐を一人で行っている。
 ワイングラスを空にして、二杯目を注ぐ。最後の晩餐とはいったが、自分はキリストの様な聖人ではないし、そもそも人ではなくて殺人鬼だ。そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
 ワインの赤色を眺めつつ、現世は、自分の前世のことを思い出していた。前世では、今とは比べものにならないほどの人間を殺していた。その反動か、現世ではほとんど人を殺していない。おそらく殺した人数は十分の一かそこらといったところではないだろうか。来世では、また大量の人間を殺すことになるだろうが。
 人間でも、たまに前世の記憶を持ったまま生まれてくる場合があるという。殺人鬼ではよくあることだが、現世のように、地続きで前世の記憶から来世の記憶までを持っているのはさすがに珍しい例だろう。
 来世では、なにやら今とはずいぶん社会情勢が変わっているらしい。戦争も起こるらしい。生まれる場所は、また日本の様だ。殺人鬼が生まれ落ちるのは、先進国と決まっている。とはいえ、二度も続けて日本に生まれなくてもいいだろう。ヨーロッパやアメリカ、中国韓国でもいいのではないだろうか。寒いのは苦手だから、ロシアは願い下だが。
 二杯目のワインを空にして、三杯目を注ぐ。殺人鬼というのは、基本的には酒に酔うことはない。仮に酔ったとしても、それによって行動に影響が出たり、判断力が鈍ったりはしない。酔っていてもいなくても、殺人鬼がやることは変わらない。
 三杯目のワインを半分ほど飲んだところで、上等な葉巻を一本残していることを思い出した。貰い物で、普段は煙草は吸わないが、今日は最後の夜だ。吸ってしまった方がいいだろう。
 葉巻を探しだし、日を探して家をうろうろしていたところで、玄関のチャイムがなった。もう来たのか、とも思ったが、時計を見ると午後八時をすでに回っていた。定刻通りだったのか。
 現世は葉巻をあきらめると、玄関に向かった。そういえばワインも半分だ。まったく、現世の自分はずいぶんと中途半端だ。
 レンズから確認もせずに、玄関を開ける。ドアチェーンは普段からかけていない。
 開いた扉から、手が伸びてきた。握られているのは、銀色の鋼。それが、現世の右のわき腹に突き刺さった。血がにじみ、膝ががくりと折れる。
 無常現世は、今夜死ぬ。殺人鬼狩りによって殺され、現世での生を終える。
 現世が膝を折ったところで、扉が大きく開け放たれ、二人の人影が入ってくる。あっさり刺されて崩れ落ちた現世を、呆気にとられたような顔で見下ろしている。
 一人が、何か叫びながら現世の頭に金属バットを降り下ろした。現世はよけもせずにまともに食らった。頭が揺れる。降り下ろされた金属バットが、今度は真正面から顔をとらえた。現世はそのまま仰向けに倒れた。鼻血も流れてくる。歯も鼻も折れたか。
 そこから先は、ただ単に暴力が続いた。ナイフは繰り返し腹を刺し、金属バットが全身を殴打した。現世は抵抗しなかった。現世での記憶はここで終わっている。ならば、どんなことをしようとも、この日、この場で死ぬのだ。運命という物があるならば、そういうことだ。
 四肢が完全に動かなくなったところで、ナイフが首にあてがわれた。すぐに刃が皮膚を破って体の中に入ってくる。骨に当たったところで、刃が横に動く。動脈や気管が切断されていくのが分かる。血は噴水のようにあふれだしている。ナイフが抜かれたところで、傷口に向けてバットが降り下ろされた。よくそこまで残虐なことが思いつけるものだ。
 首の骨が折れる音が聞こえた気がするとともに、傷口からさらに血があふれてきた。
 そこでようやく、現世の意識が薄れてきた。しばしの間はお休みだ。次は何年後だろうか。分からないが、その時は確実に来る。それは間違いない。現世は極めて安らかな心地で目を閉じた。
 了

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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

厳格的殺人鬼社会「殺人鬼兄妹」常世・常代編
 瀬条事務は時間通りにバー『ブルーポート』に顔を出した。マスターに挨拶し、いつも通り、自分の指定席であるカウンター脇の奥の二つ並んだ席に座った。この位置は、進んで覗きにこなければ向こう側からは見えず、なおかつ、こちらからは店内の様子が見渡される特殊な場所だ。この店の雇われボディーガードである常世の特権席である。
 マスターが差し出したビールを飲む。ボディーガード特権で、酒はただに近い値段で飲めるし、寝床も確保できる。――殺人鬼である瀬条にとって、ボディーガードというのは天職だといえた。
 近年、殺人鬼を自称する人間の無差別殺人が立て続けに起き、それに対抗して殺人鬼狩りを標榜する自警団が登場するなどした結果、日本の、特に人口が密集する都市部などの治安は悪化する一方だ。そこで、個人の店や企業などでも、特別にボディーガードを雇うことが多くなった。瀬条もそういった例の一部だ。
 特に今日は週末と言うこともあり、それなりの人入りが予想される。どこでも事情は同じだろうが、週末と給料日後はボディーガードは忙しい。
 瀬条が店に来てから一時間もした頃、一人の女が入ってきた。若い女だ。年は瀬条と比べて、二つか三つ下だろうか。やけに息を切らして、入るなり携帯電話を取り出し、当たりをせわしなく見回している。
 女はなにやらカウンター越しにマスターに声をかけた。マスターも細かく何度も頷くと、今度は体の向きを変え、瀬条の方に声をかけてきた。
「瀬条君、この子、今ストーカーに追われてるんだって。そっちの席に隠してくれないかな?」
 逃げている途中でこの店に入ったのか。ずいぶんと切羽詰まっているらしい。
「いいですよ」
 瀬条はすぐに同意した。特に断る理由もないし、マスターが頼んでくると言うのなら、ボディーガードである瀬条の仕事でもある。それに、女と一緒に酒の席に着くのは久しぶりだった。
 マスターが女の方に戻り、瀬条が了承した旨を伝える。女はすぐにこちらにやってきて、瀬条の隣の席に座った。
「突然すいません。あの人、本当にしつこくて」
 座った女の顔に、どうも見覚えがある気がした。髪はわずかに赤い程度で、服装も勤め人らしいパンツルックで、どこにでもいそうな女だったが、何か引っかかるような雰囲気が合った。
 向こうも何となくそれを感じたのか、しばらく瀬条の顔を眺め、そして顔を逸らした。
「・・・・・・なにか、頼めば」
 間が持たなくなって、瀬条はそういった。隠れるにしても、何も頼まずにこんなところにいたとなると不自然だろう。
「あ、私、お酒はあんまり・・・・・・」
 じゃあ何でこんなところに逃げてきた。
「あの、私のイメージと合わないから、撒けるかなって思って・・・・・・」
 少しは頭が回るらしい。ストーカーがどんな人間かは分からないが、あれは人の幻想を追いかけるものだ。自分のイメージに反するところに行くのは効果的かもしれない。
「じゃあ、ジンジャーエールでも」
 瀬条はマスターにそう告げた。瀬条もビールをジンジャーエールで割るシャンディガフにしたいと思っていたところだった。
 マスターもそこの所はよく分かっているのか、ジンジャーエールの栓を二本抜き、グラスに注いで女の前に置き、もう一杯をシャンディガフにして瀬条の前に置いた。
 女は遠慮がちに、ジンジャーエールのグラスを傾けた。少しの間があってから、女の目が見開かれ、むせながらグラスをカウンターに音を立てて置いた。
「辛っ、なんでずかっ、これ、辛っ」
 しかも涙目だ。
「何ってジンジャーエール・・・・・・マスター、これラベルどっち?」
「茶」
 やっぱり。マスターも人が悪い。
 ブルーポートでジンジャーエールといえばウィルキンソンジンジャーエールのことをさす。一応、刺激が強い茶ラベルと刺激が弱い赤ラベルのドライもあるのだが、何もいわなければ茶ラベルがでてくる。何も知らされずに飲めば、今この女のようになるに決まっている。
「これ辛口なんだよ、普通のと比べて」
 瀬条は今更のようにいうが、さすがに遅い。瀬条はため息をつきつつ、自分の分のシャンディガフを口に運んだ。ビールの苦みに、ジンジャーエールの刺激が合わさって喉にくる。
 瀬条がグラスを置いたところで、店の入り口の扉がけたたましい音とともに開けられ、一人の男が入ってきた。携帯の画面を見つつ、辺りをきょろきょろと見回す。
「あの、ここに女の人来ませんでしたか?」
 男が声を張り上げて言った。店中に沈黙が満ちる。マスターが「知らないよ」と呆れた様な口調で言いつつ、グラスを拭いて棚にしまう。相手にしない方向で行くつもりらしい。
「あれか?」
 瀬条が訪ねると、女は顔を歪めながら頷いた。顔も割れているのによくここまでつきまとえるものだ。
 男はマスターと口論になっているようだった。どうやら、最初のマスターの対応が気に食わなかったらしく、執拗に突っかかっている。
「でもここにいるはずなんです! もっと奥の方見せてくださいよ!」
 そういうと、男は携帯の画面をマスターに見せて、瀬条たちがいる奥を指さした。なにか確信があるらしい。女の方は完全にうつむいて、気づかれないかどうか脅えている。なんにせよ、こちらに来られるのは困る。
 瀬条は立ち上がった。同時に、ワイシャツの胸ポケットに入れていたバタフライナイフを手にとる。
「なんの騒ぎだ?」
 声を意識的に低く絞る。しばらく前から、警戒しているときは、自然にこんな声がでるようになってしまった。
「あの、ここに女の人がいるはずなんです。それで、奥の方見せてもらえないで――」
 男がそこまで言ったところで、音を立ててバタフライナイフを開く。男の言葉が止まり、青ざめて後ずさる。
「奥は俺のための席だ。マスターが知らないと言うなら俺も知らない。さっさと消えろ」
 ナイフを横に振り抜く。男がこちらに向けていた携帯電話を、折りたたみ部分から切断する。切断された上半分が、回転して床に落ちた。
「あああ、あっ、あっ」
 男が悲鳴にも似た声を上げて、半分になった携帯と部品を拾う。そんなもの目の前に見せている方が悪い。
「消えろ」
 もう一度男に向けて言う。男は携帯の残骸を拾い集めると、目に涙を浮かべながら店から出ていった。男の足音が聞こえなくなってから、瀬条はバタフライナイフをたたみ、再びポケットに戻すと、元の席に戻った。
「追い払った」
 向こうから見ていたであろう、女に向かって言う。女がすぐに頭を下げてきた。
「ありがとうございます。ずっと困ってたんです」
 自分は大したことはしていない。マスターに頼まれたことをしただけだ。
 瀬条はシャンディガフを飲んで、
「携帯、変えた方がいいかもね。多分、それで居場所がばれてる」
 女にそういった。
「どうしてですか?」
「携帯、いじられてるかもしれないから。位置情報発信するようになってるかも」
 まあ、男の携帯を壊してやったから、必要はないかもしれないが、携帯そのものを変えてしまえば完璧だ。
 瀬条がそう説明すると、女は少し考えてから、
「分かりました。じゃ、変えます」
 と、あっさり言った。拍子抜けすぎる気がしたが、それは本人の決めることだ。瀬条がどうこういうことでもない。
 女は半泣きになりながらもジンジャーエールを全部飲むと、席を立った。
「助けて貰って、ありがとうございました。そろそろ、帰ります」
「ああ――」
 ジンジャーエールの代金は、と一瞬考えたが、瀬条が払った方が安くつく。それでいいだろう。
「それで――あの、また来てもいいですか?」
 帰ろうとした女が、そんなことを言った。鞄を胸の前に抱えながら。
「いつでも。俺はボディーガードだから、毎日来てる」
「はい。次来たら、それ、飲ませてください」
 そういって、瀬条が飲んでいたシャンディガフを指さす。そんなの、家でも飲めるだろうに。
「・・・・・・好きにするといい」
 好きにします、といって女は笑った。
「そういえば、お名前、聞いてもいいですか? お世話になりましたし」
 一度立ち去ろうとして、もう一度振り返って女が言った。くるくると忙しい奴だ。
「瀬条。瀬条事務」
「瀬条さんですね。私、無常常代っていいます。諸行無常の無常に、常に代わるって書いて、常代です」
 ――無常。
 常代。
 無常常代。
「それじゃ、失礼します。瀬条さん」
「・・・・・・それじゃあ――また、今度」
 女――常代は、笑いながら、店を出ていった。店内が、普段通りの音量に戻る。
 瀬条は、シャンディガフをまた一口飲んだ。
 久しぶりに聞いた――己の本来の姓。
 彼女は、無常常代は――瀬条事務、否、無常常世の、妹。
 ◆       ◆
 常代がブルーポートに再び顔を見せたのは三日後だった。仕事を早めに切り上げてきたという彼女は、前回のようなパンツスタイルではなく、全体的に淡い色合いでまとめたスカート姿だった。
「携帯変えました」
 椅子に座るなり、常代はそういって新品同然の携帯電話を見せてきた。
「指紋認証式のやつにしたんです。ほら」
 そういって携帯を開くと、スライド式の認証機の上で指を滑らせる。ロックが解除され、キャラクター物の待ち受けが表示された。
「携帯変えに行ったら、店員の人に、何でこんな状態で使ってたんだって怒れちゃいまして。それで、セキュリティが万全なやつに――」
 常代は、今自分が会話している相手が蒸発した兄だとは気づいていないだろう。瀬条――常世自身、自分の捜索が打ち切られた新聞記事を読んでいる。それに、今、目の前でやけに楽しそうに話を続けている常代に、わざわざ、自分のことを教える気にはなれなかった。消えていた間のことなど――説明しても信じてはくれないだろう。
「あの、瀬条さん?」
 常代の声に、急に現実に引き戻される。
「ごめん、聞いてなかった。なんだっけ?」
 ――ここは平和な場所なのだ。殺人鬼はいても、吸血鬼も、吸血鬼を狩る武装組織もない。
「だから、学校の話ですよ。私、すぐそこの麻沼高校だったんですけど、瀬条さんって、この辺の人だったんですか?」
 そこまで話がとんでたのか。
「えっと、俺もこの辺だよ。麻沼だっけ? 高校もそこ」
「そうなんですか! じゃあ先輩じゃないですか、瀬条さんって今いくつですか?」
「今年で二十八かな」
「えーっ、本当ですか? じゃあ、私の兄と同級生ですよ! 覚えてませんか? 兄は、無常常世っていうんですけど」
 本人だ。
「うーん、どうだったかなあ、多分、同じクラスにはなったことないと思う。変わった名字だから、名前は何となく覚えてるけど。今何してるの?」
 あまりにも白々しい言葉に、吐き気がした。何故自分の正体を隠して、自分の妹に自分の近況を聞いているのだ。
「あ・・・・・・兄は、大学に入ってすぐに、山で遭難して・・・・・・」
「・・・・・・ごめん、嫌なこと聞いたね」
 突然しおらしくなった妹が、急に愛おしく思えてきた。抱きしめて、生きているといってやりたかった。自分が蒸発してから、数えてみれば十年立つ。常代はそのころ、中学三年だったはずだ。あの頃と比べれば、背も伸びたし、体も膨らんだし、髪も長い。だが、声や目、指先は昔のままだ。
 間が持たなくなり、常世はビールを流し込む。自分が生きていると告げることができれば、楽には違いないが。
「でも、瀬条さんって、兄に雰囲気似てる気がします」
 常代が何気なくいったその言葉に、常世はビールを吹き出しそうになった。雰囲気が似ているも何も本人だ。常代は昔から、妙に勘のいいところがある。今に限っていえば、厄介で面倒なことこの上ない。
「そういえば、この前いってたとおり、瀬条さんの飲んでたの飲もうと思うんですけど」
 ――これ以上はよくない。お互いに、互いのことをこれ以上知る前に、これ以上あわない方がいい。常世はまたビールをあおる。
「これって、割合一対一なんですか?」
 常代の声も相まってか、今日は、酔いが回るのがやけに早かった。
 ◆       ◆
 気がつくと、常世はカウンターに突っ伏して眠っていた。背中には毛布が掛けられている。
「起きました?」
 隣の席には常代が座っていた。壁に掛けられた時計を見る。すでに日付が変わっていた。
「疲れてるんですか?」
「・・・・・・そうかもね」
 疲れているかどうかといわれれば、確かに疲れている方だ。この三日間、常代のせいであまり眠れていない。
「この毛布は――」
「あ、店長さんにお借りしました。風邪引いちゃいますよ、こんな寝方してたら」
 ――そういえば、あの吸血鬼とも、同じような会話をした気がする。あのときは、自分が毛布をかける側だったが。
「時間、大丈夫なの? 仕事は?」
 毛布よけながら常代に聞く。普段どんな生活をしてるのか知らないが、こんな時間まで起きていれば普通、翌日の仕事に差し支えるだろう。
「あ、うちはフレックス制なんで、朝は別に何時でもいいんです。・・・・・・今ちょっと、眠いですけど」
 そういうと、常代は小さくあくびをした。心なしか、目もうつろだ。
「・・・・・・ちょっとどころじゃなさそうだし、帰ったら?」
「んー・・・・・・瀬条さんが寝てるから・・・・・・」
 寝ぼけ眼でそういうと、常代はこくこくと頭を揺らし始めた。こんな所で眠られても困る。
「大丈夫ですよー・・・・・・受験勉強してたときはこれくらいの時間まで起きてましたし。兄は、もっと遅くまで勉強してましたよ」
 ぐ、と言葉につまる。そんなところは真似しなくてもいい。
「眠いなら、タクシー呼ぼうか? どこに住んでるの?」
「えー、実家とかです。住所は――」
 そんなにほいほいと実家の住所をいうのはまずいだろう。それに、実家というなら、そこは常世の実家だ。寝ぼけながらいう常代の言葉を右から左に聞き流しつつ、マスターに電話を借りて、タクシーを呼ぶ。ここから常世の実家までは、タクシーを使えば十分かそこらだろう。
 席を立ち、うとうととしている常代に肩を貸しつつ外に引っ張りだし、タクシーを待つ。
「今度、どっかご飯でも行きませんかー?」
 タクシーを待っている間、常代がそう尋ねてきた。体を半分以上常世に預けた格好で、手を離せばそのまま道路に転がりそうだ。
「いいよ。俺はいつでも」
 ――断るべきだとは分かっているのにも関わらず、口はそんな言葉を発する。社交辞令なのか。自分の意思なのか。
「じゃ、明日がいいです。あ、もう今日ですね。仕事終わったら、連絡したいんですけど」
「あー・・・・・・」
 携帯は一応持っているが、ここで常代に教えていいのか。これ以上常代と関わって、本当にいいのか。妹が、妹だとしても、殺人鬼である自分が関わっていいのか。
「いいよ。番号は――」
 結局、常世は携帯を取り出した。ただずるずると、結論を先延ばしするために。十年ぶりにあった妹と、別れがたくて。
「じゃー明日、六時頃になったらかけますねー」
 タクシーがきて、乗り込む直前に、常代はいった。
「じゃあ、明日ね」
 常世もそう返した。タクシーに乗った常代が、小さく手を振ってくる。こちらも、同じくらいに手を振り返す。
 常代が乗ったタクシーが遠ざかるのを見送ると、常世は暗澹たる気持ちでブルーポートの中に戻った。
 ◆       ◆
 朝。ブルーポートの休憩室に設置された簡易ベッドの上で常世は目覚めた。目が覚めたのは携帯電話が鳴ったからで、目覚ましなどを設定しない常世は不審に思ったが、何のことはなく、常代からショートメールで携帯のアドレスが送られてきただけだった。アドレスを登録して、返信しておく。
 時刻は七時を過ぎた頃だった。昼頃までは眠るつもりだったのだが、せっかく目が覚めたところだし、常世はこのまま家に帰ることにした。ベッドをおざなりに片づけ、戸締まりを確認して店を出た。
 常世は安いアパートの一室を借りている。あまりアパートにいることはないが、風呂がついているという条件で一番安い物件を選んだ。もっとも、殺人鬼が服装や衛生を考えても本来意味はないし、家具類はほとんどなく、カーテンもない。
 常代のことを忘れたかった。今日このまま、常代に会わずにそのままどこかへ消えてしまうくらいでもいいかもしれない。ただ、何もいわずに黙って消えてしまえば、それは十年前の自分と同じだ。あのときは、事情が事情だったとはいえ――あのときと全く同じことを妹にしろというのか。何かせめて、常代に一言謝ってから、事実を告げてからでないと、消えるには心苦しい。
 常世がアパートにつくのとほぼ同時に、常代からメールが来た。今日行こうと思っていたというレストランの情報が送られてきた。
 前から行きたかったらしき一文が添えられていたが、その場所は確か、常世が大学に合格したとき、家族総出で食事に行った店だ。店舗改装は何度か行われたらしいが、基本的には変わっていないことが、常代から来たメールから分かった。
 常世は携帯をベッドに放り投げ、クローゼットの中にしまってある、穴だらけの、ボロ雑巾のようなシャツを取り出した。
 九年前――常世が殺人鬼に生ったあの時、着ていた服。吸血鬼の少女との記憶。
「――」
 あの世界から戻ってきたとはいえ、常世は殺人鬼だ。常代はあの吸血鬼の代わりにはならないし、妹を代わりにしようなんてどうかしている。
 今日が最後だ。今日常代に会ったならば、自分が兄だということを告げ、この街を永遠に去ろう。自分がこれ以上、常代を求めぬように。常代が傷つこうと、それは関係ない。ただ常世は、自分の都合でここを去るだけだ。
「――!」
 常世は、シャツを手の中で丸めると、ゴミ箱の中に投げ込んだ。ゴミ箱が衝撃で揺れる。
 ――――しかし常世は、妹を、常代を、あの吸血鬼と同じくらいには、傷つけたくないと、思った。
 あるいはそれ以上に。
 ◆       ◆
 仮眠をとり、シャワーを浴び、髭を剃り、髪をセットし、服を着替えると、時計はすでに午後四時を回っていた。
 このアパートから、約束の店まで行くとすると、それなりに距離がある。ブルーポートとアパート、その周辺でしか行動しない常世には足がない。今のうちにアパートを出た方がいいかもしれない。
 玄関を出たところで、また、携帯が鳴った。常代からのメールだ。
『今日、早く仕事切り上げられそうなので、良かったら、お先に行ってても大丈夫です。予約もしてあります』
 好都合だった。まっすぐ向かえば十分余裕を持って到着できるだろう。常世は鍵をかけて外に出た。
 常代が予約していたレストラン、『水晶の夜』は、常世のアパートから五キロ弱の距離がある。同じ方向に行くバスやタクシーはあるが、常世は歩くことにした。到着の時間を合わせられるように。
 外は丁度日が沈み始めた頃で、学校帰りの学生や、買い物に出かけるのであろう主婦らしき姿が多い。――十年前とは、あまり変わっていないように思える。
 そもそも、何故生まれ育った家の近くに戻ってきたのか。十年前から代わり映えのしない町並みをみながら思う。何か未練があったのか。自分のような人間が――いや、人間ですらなくなってしまったが――今更、故郷に戻ることなど。
 よく通っていた本屋の前を通りかかった。ぱっとしない外観は相変わらずだ。中を覗くと、立ち読みをしつこく注意する店主がレジカウンターにいた。あの頃と変わらない光景だ。そこから二軒先の床屋も、色褪せたポールを回し続けている。この町は変わっていない。だから、帰ってきたということだろうか。
 それとも何か、例えば、常代に会うために――
「瀬条・・・・・・さん? どうして、ここに?」
 脇から声をかけられて、唐突に一気に物思いから連れ戻される。すぐ横に、常代の姿。
「えっとあの、私の働いてるのここなんですよ。出てきたら、丁度そこに瀬条さんが」
 常世が混乱しているところに、常代が解説を加えてきた。常代が指さした方向を見る。最近できたとおぼしき、真新しいビルがあった。
「いや・・・・・・俺も今、行こうとしてたところなんだ。偶然だね」
「はい! すっごい偶然ですね! まるで運命のような狙い方です」
 運命、か。
 これがもし運命だとしたら、まるで悪夢だが。
 ◆       ◆
『水晶の夜』は、外観はだいぶ変わっていたが、内装はあまり変化がなく、店の中の従業員は変わっておらず、メニューもさほど変化がなかった。
「瀬条さん、なんか飲みます?」
「えーと、じゃ、ワインでいいよ」
 思えば、十年前は、合格祝いで父親にビールを飲まされたものだ。あの時は、二、三口で酔っぱらって、常代に肩を貸してもらいながら帰った記憶がある。今では、アルコールを体内に取り込んだり分解したりするのもコントロールできる体質だ。
 その日の常代は常世と同じアルコールを接種し、酔い、饒舌に、初めて会ったとき以上に喋った。子どもの頃のこと、学校のこと、家族のこと――常世のこと。
 曰く、「兄は優しかった」
 曰く、「兄はよく勉強を教えてくれた」
 曰く、「兄はまだどこかで生きていると思う」
 曰く、「兄は私の初恋だった」
 妹からの連続した告白に、常世は酒を飲んで誤魔化すしかなかった。グラスワインを何本もあけ、途中からは安いビールに変え、今までにないくらいのアルコールをコントロールせずにそのまま取り込んだ。
 常代に止められてから、ようやく視界がぼやけ初めていることに気づいた。
「だ、だいじょぶですか? ちょっと飲み過ぎなんじゃ・・・・・・」
 全く大丈夫ではないが、こんなに飲んでいるのは少なくとも目の前にいる常代のせいだ。普段なら、飲むにしてもコントロールしながら飲んでいる。
 なにが初恋だ。ふざけるな。おかげで、おかげで、もう別れの言葉なんて出てこない。無常常世は――もう、無常常代から、離れられそうにない。
 
「・・・・・・ごめんね、調子に乗りすぎて」
 帰り道。常世はタクシーに揺られながら、横に座る常代にそう謝った。あの後、常代に肩を貸してもらい、おぼつかない足取りで外に出て、倒れるようにタクシーに乗り込み今に至っている。
「ほんとですよー、私、早めに仕事切り上げてきたのに」
 常代が常世の腕をつつきながら不満をいってくる。昔、常代がよくやってきた仕草だ。常代も酔っているのだろうか。それとも、常世が酔いすぎていて、何か勘違いしているのか。
「今度、何か、埋め合わせ、するよ・・・・・・」
 ぐらつく視界。吐き気。自分の声。
「えーじゃあ、来週の日曜日、空いてます? 麻沼高校の文化祭なんですけど、一緒に行きません? まだ昔のおんぼろ校舎のまんまなんですよ」
 常代の声。常の感触。常代の体温。
 何かも幻想的で、夢見心地だった。
 ◆       ◆
 翌日の朝か二日後の朝かは分からなかったが、常世は自宅のアパートのトイレで目覚めた。
 便器に半ば顔を突っ込んだような格好で、便器の中には流されていない吐瀉物がたまっていた。目が覚めたところで、そのまま続けざまに吐いた。嘔吐がおさまって、水を流してから、よくも窒息で死ななかったものだとしみじみと思った。ここまで二日酔いがひどいのは、まさに十年ぶりではないか。吐き気はだいぶおさまってはきたが、体は重いし、頭も痛い。症状として出てしまっては、回復するまでに少し時間がかかる。
 ひどい頭痛を抱えて部屋に入ると、床に一枚の紙が落ちていたので、拾い上げる。紙には常世のものではない筆跡が踊っていた。
『瀬条さんへ 昨日は随分酔ってたみたいなので、お部屋にお送りしました。麻沼の文化祭、楽しみにしてます。鍵はポストの中に入れました 常代』
 ――結局、母校の文化祭に行く話は、自分は首を縦に振ったらしい。ほとんど意識はなかったが、多分、常代とのデートということで、勝手に頷いたのだろう。
 メモの通り、ポストの中に鍵が入っていることを確認する。そもそも、本当なら、取られて困るようなものなどなにもない。鍵を取って、メモと一緒にベッドの上に置く。
 常世は、改めて自分の部屋を見渡した。家具類は全くといっていいほどない。服は備え付けのクローゼットに収納できるほどしかないので、衣装ケースは必要ない。本は、読むことはあっても買うことはないので、本棚の類もない。食事もとらないですませようと思えば取らずにすむことができるので、テーブルなどもない。寝るためだけの部屋なので、窓にカーテンもない。
 この部屋を昨日、常代が見たのか。家具類どころか、カーテンすらないこの部屋を。常世はベッドに座り込み、もう一度常代が書いたメモに目を通すと、大の字に横になり、天井を見上げた。改めてみると、お世辞にも綺麗な天井とはいえない。
 頭痛が治まったら、カーテンだけでも買いに行くべきだろうか。
 ◆       ◆
 翌週の日曜日というのは二日後だったのかと思えるほどの早さで、約束していた日が来た。
 常代とは麻沼高校の校門の前で待ち合わせた。常世は開場の十分前に到着していたが、常代は開場から十分後にやってきた。
「すいません、遅くなっちゃいまして」
 小走りやってきた常代は、全体的に暖色系でまとめた、ワンピースの重ね着に、秋めいてきた風をふせぐためか、赤と黄色のストールを羽織っていた。
「大丈夫だよ。待つのは気にしない方だし」
 常代を十年も待たせていることに比べれば、十分程度が何だというのか。
「じゃ、どっか回ってみようか? それとも、何か食べる?」
「あ、プログラムありますよ。私吹奏楽部だったんで、演奏聴いてみたいです」
「いいよ。それじゃあ、そっからにしよう」
 吹奏楽部のステージ発表を聴き(常代曰くほとんどの生徒が親に来ないように言うらしい)、美術部の展示を眺め(名物の、職員室の似顔絵は健在だった)、文芸部の会誌を冷やかし(お世辞にも出来がいいとはいえない詩が数篇載って、三百円)、自然科学部の実験を見物し(液体窒素を大量に使う)、たこ焼きを食べ、焼きそばを食べて、チョコバナナを食べ、午後からはお化け屋敷に入り(入り口にやたら絵の上手い張り紙がしてあった)、最後の余った時間は、演劇部の発表に滑り込んだ(演題は『トリスタンとイゾルデ』だった)。
「楽しかったですね!」
 演劇部の発表が終わって、体育館の外にでたところで、常代がいった。そういう割には、目の端には小さく涙の粒が浮いていた。
「いい話だったね。昔は演劇部なんて、ほとんど人いなかったのに、よくやってたね」
 常世は、涙には気づかない振りをして、昔の話を持ち出した。十年前、常世が麻沼高校にいたころは、演劇部は人数が足りず、文化祭があったところで発表の機会すらなかった泡沫部だった。それが、時間をめいっぱいに使って演劇をできるような部活になっているとは。
「なんか、私が卒業した次の年に、人がいっぱい来たみたいですよ。演技が上手い人が何人かいて、それで今みたいになったって」
「あ、そろそろ一般開放終わりだけど、どうしよっか?」
 常世は時計を見た。時計は一時四十五分。一般開放は二時までだから、そろそろお開きの時間だ。
「そうですねー、あっ」
 不意に、常代が声を上げた。常世も連られて声をあげそうになり、ようやく気づいた。
 時計をした常代の右手と、空いた常世の左が、しっかりと握りあっていた。
 いつからだろう。
 いつ繋いだのか分からない。
 常代は驚いた様子だったが、手は離そうとしなかった。常世も、自分から進んで離そうとは思わなかった。五秒ほどか、五十年ほどかの間が空いてから、常代が、消え入りそうな声で言った。
「・・・・・・夕飯、作りますから、よかったら、私の家、来ませんか?」
「・・・・・・いいよ」
 常世は、震えそうな声で、答えた。
 ◆       ◆
 常代は、生まれた自宅から離れたところに部屋を借りて、一人暮らしをしていた。部屋は小綺麗にまとまっていて、少なくとも、常世の部屋よりは生活感があった。前、実家にいるといってなかったか。
「座っててください」
 常代に言われたとおり、炬燵の脇に座る。間も開けず、常代が紅茶を煎れて持ってきた。紅茶の香りが、常世の鼻にも届く。
 紅茶を置くと、常代はすぐにキッチンに戻っていった。冷蔵庫を開けて、中を見ているような音がする。
「ちょっと待っててください、足りないものがあるんで、買い物行ってきます」
「え」
 常世が返事をする間もなく、ぱたぱたと足音をたてて、常代は外に出ていった。残された常世は、一人、置かれた紅茶に口をつける。少し渋味が強い。
 常代の部屋。化粧台の前には、多くの化粧品、ドライヤー、ヘアアイロン。薄い色のカーテン、同色のベッドカバー。洋服箪笥の上に写真立てが置いてあった。目を凝らす。――家族の、常世の大学の入学式の時の写真だ。
 ――ここまで来てしまった。今からでも逃げられるだろうか。いや、逃げるのは簡単だろう。果たして、逃げてもいいものだろうか。早々に事実を告げなかったのは、常世の責任だ。常代に非は何もない。常代には、傷つけられる理由はない。だが、事実を告げて、常世が去れば、無論そうしなければならないが、常代がどれだけ苦しむか。答えはでず、堂々と巡る。
 残っていた紅茶を一息に飲み干し、ソーサーに音を立てて置く。大きく息を吐く。
 この辺りで買い物に行くとしたら、少し歩かねばならない。姿を消すなら、今が最後のチャンスかもしれない。常世は立ち上がった。立ち上がってから、せめて、書き置きだけでも残そうかという気も湧いてくる。どこまでも、未練が残っている。
 部屋の中で、適当なメモ用紙を探していたところで、部屋のチャイムが鳴った。常代がもう帰ってきたのか。それにしても早いし、第一、何故チャイムを鳴らすのか。自然と、胸ポケットに入れておいたバタフライナイフに手が伸びる。
 再びチャイムが鳴る。常世は息を殺し、気配を殺し、足音を立てずに扉の前に立つと、レンズをのぞき込んだ。そこに見えた姿に、思わず声を上げそうになった。
 立っていたのは、あの日の夜、ブルーポートに来た、常代のストーカーの、あの男だった。まだつきまとっていたのか。
 常世は怒りも露わに扉を開けて、男の前に立った。
「何の用だ」
 最初から威圧的な声をかけた。向こうは、出てきた常世に面食らったようで、「あ、あの時の。な、なんでここに?」と、どもりながらいう。
「こっちの台詞だ。まだ、つきまとってやがるのか」
「ひ、ひ、ひ、うるせえ。あいつは、あいつは僕の女なんだよ。俺が呼べばすぐに股開くような、売女なんだよ」
 男が言い終わるか終わらないかで、常世はバタフライナイフを振るっていた。ナイフが男の首に真一文字に走った。一拍空き、男がよろめいて、背後の壁にもたれて、首に手を当てた。そこまでいって、一気に首から血が吹き出す。男の目が見開かれる。首を押さえた男の手が真っ赤に染まり、足下には血溜まりができ始める。常世は男の目の前に立ち、ナイフを逆手に持ち換え、左目に突き立てた。さすがに今度は男の膝が崩折れ、その場に倒れ込む。悲鳴は、最初の一撃でもう出ない。倒れた男の胸ぐらを掴み、壁に押しつけて無理矢理立たせる。失血性のショックでもうすぐ死ぬだろうが、まだ意識はあるようだ。常世はナイフを再び順手に持ち帰ると、男の胸に突き立てた。そのまま、ナイフの刃が痛むもかまわず、下へと切り下ろしていく。刃が腰の辺りまで達したところで、男の口から多量の血が吐き出され、かろうじて上がっていた首ががくりと落ちた。開かれた腹からは内蔵がこぼれ落ち、血溜まりの上で湯気を上げていた。常世は男の体を離す。肉の塊が水音とともに落下した。
 ナイフもその場に捨てると、常世は、殺した男の体を調べることにした。ポケットから、携帯電話の他、殺人鬼狩りを語る団体の会員証が出てきた。この男のしつこさは、殺人鬼狩り仕込みか。
「瀬条・・・・・・さん?」
 建物の陰から声が聞こえた。振り向いた。
「なに・・・・・・してるんですか」
 常代が立っていた。手に持った買い物袋を、その場に落として。
 見られた。
 常代に見られた。見られた。見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた。
 気づいたときには、もう立ち上がって、常代の脇を通り過ぎたところだった。後ろから、常代の声がかかる。
「待って! 待ってください!」
 後ろから、伸びてきた常代の手が、常世の腕を掴む。
「俺は、殺人鬼だ」
 いいながら、手を振り払おうとするが、常代が手を離さない。
「そんなこと、関係ないです。瀬条さんのこと、好きです。だから、行かないでください」
「俺は――!」
 足を止め、常代に振り返る。
「俺は、俺は、君の兄だ。君の兄の、無常常世だ」
 とっさの弾みで、そう出てきた。常代は、一瞬だけ、驚いたような表情を見せてから、常世に抱きついてきた。
「・・・・・・それも、知ってます」
 今度は、常世の方が驚く番だった。知っていた? 自分が、兄であることを? 無常常世であることを?
「行かないで、お兄ちゃん、お願い、お願いだから・・・・・・」
 そういうと、常代は、ますます強く抱きしめてきた。
 常世は、呆然としながら、おずおずと、常代を、抱きしめ返すしか、なかった。
 ◆       ◆
 その日の夜、常世は自分のアパートで、常代を抱いた。抱かれている間中、常代は目に涙を浮かべていたが、同時に、常世にしがみつきながら、笑っていた。
 十年振りに再会した妹の体は、常世の記憶には無い体だった。あの吸血鬼の小さな体とは、違った柔らかさを持った体。
 行為が終わった後、常世は、腕の中で丸まっている常代に声をかけた。
「常代。一つ教えてくれ。何で、俺が常世だって気づいた?」
 気づかれている気配はなかったし、気づかれないようにもしていた。どこで悟られたんだ。
「んーと、初めて会ったときから、似てるような気はしてたんですけど・・・・・・確か、二回目に会ったとき、タクシー呼んでくれたじゃないですか。そのときですよ。実家の住所、変わってるんです。三軒先に」
 そうか。あのときは確か、常世が行き先を告げて帰したのだ。古いほうの実家の住所を知るのは――常世以外にはいない。
「・・・・・・そうか」
「そうだよ」
 常代は、いたずらっぽく笑うと、常世の胸に、額を押しつけてきた。
「一緒にいてね、お兄ちゃん・・・・・・」
「ああ。ずっと、いてやる」
 常世も、常代の頭を抱きしめ返してやった。
「もっと。十年分、もっと」
 ◆       ◆
 翌日の朝。
 常世が目覚めると、常代が台所に立っていた。思えば、結局昨日はあの後何も食べずに眠ったのだ。
 常世が服を着て起きあがると、常代も気づいたようで、
「あ、台所、借りてるよ」
 と、振り向いて答えた。お湯が沸く音が聞こえる。
「ありあわせだけどご飯作ったから、食べてね」
「お前は? 食べなくていいのか?」
「私、仕事だよ。一回帰って、着替えなきゃ」
 いわれてみればそうだ。常代は昨日から着替えてないのだから一回は帰らないと駄目だろう。
「仕事終わったら、帰ってくるから。夕飯、作っててね?」
「ああ。待ってる」
「じゃあ、いってきます、お兄ちゃん」
 そういって笑いながら、常代は家を出た。常世は、常代が作ってくれた朝食を食べるために、台所へと向かった。
 ◆       ◆
 常代にいわれた通り、夕食の用意をしたのはよかったが、当の常代がなかなか帰ってこなかった。料理はいつでも火を通して、すぐに食べることができる状態にしてあるが、七時を回り、八時を回り、九時を回っても常代は帰ってこなかった。七時頃から、メールを送っても返信はないし、電話も繋がらない。何かあったと考えるのが普通だ。常代の職場の電話番号は分からないし、警察に連絡するのも、昨日の今日で、常代のアパートの前で人が一人死んでいるのだから、得策ではない。
 携帯を片手に、気を揉んでいたところで、アパートの扉をノックする音が聞こえた。思わず、足音を立てて扉に駆け寄り、扉を開ける。
 扉の向こうには、誰もいなかった。走り去っていく足音が遠ざかっていく。誰かのいたずらか。扉を閉めようとしたところで、地面に紙が置かれていることに気づいた。上に何かが載っている。それをよけて、紙を拾い上げる。
『殺人鬼に股を開く売女に死を』
 一瞬、何が書かれているのか理解できなかった。何度か読み返して、ようやく、常代が何者かに襲われたということが分かってきた。昨日殺した殺人鬼狩りの関係か。それに、最初、この紙の上に載っていたもの――口を縛ったコンドームだ。
 紙を握りつぶしたところで、手に持ったままだった携帯が鳴った。常代の番号からだった。
「・・・・・・もしもし」
「もしもーし? 殺人鬼のお兄ちゃんですかー?」
 電話口から聞こえてきたのは、常代の声ではなかった。酔っているのか、やけに上擦った男の声だ。
「可愛かったよー妹さん。たすけて、たすけてお兄ちゃーんって」
「黙れ」
 視界が歪んでくる。手の中の携帯が、みしみしと音を立てた。顔が熱い。
「そう怒んないでよーお兄ちゃん。会いたくないの? 妹さんに」
「どこにいる。早くいえ」
「もーせっかちさんなんだからー。じゃあ、今からいう場所に一人できてねー。武器も持っちゃ駄目よー?」
 男がいう場所を聞き届けると同時に、携帯が手の中で粉々に潰れた。破片が手に食い込み、血が滲んでくる。
「・・・・・・常代」
 声も聞けなかった。
 常代は多分――死んでいる。
 常世は、おぼつかない足取りで道路に出た。目の前の交差点が赤になり、バイクが停止した。
 ◆       ◆
 常世は奪ったバイクを飛ばしていた。男が電話してきた場所は、以前、常世が寝泊まりしていた場所でもあり、道も把握していた。一年前に夜逃げ同然に空になった倉庫跡だ。
 倉庫への道を曲がり、さらにスロットルを回す。
 ――取引をするつもりは無かった。相手が何人いるのかも分からないが、誰一人逃がすつもりは無かった。
 倉庫はシャッターが閉まっていた。スロットルをめいっぱいまで回したところで、バイクから飛び降りる。バイクはそのまま、シャッターを突き破り、穴を開けて、倉庫の中へと滑っていった。
 中から騒ぎ声が聞こえてくる。
 常世は、背負った日本刀を鞘から抜いた。ここに来る中途に、暴力団の事務所を襲撃して奪ってきたものだ。武器は持つなといわれていても、そんなことを聞くつもりはない。
 バイクが開けた穴から、倉庫の中に入る。左側に立っていた男に、無言で切りつける。男が肩口から鮮血をあげながら崩れ落ちる。
「てっ、てっ、てめえ」
 倉庫の奥から誰かが声をあげた。構わず、正面に立ちふさがった男に刀を振り下ろす。刃は男の頭を頭蓋と脳ごと斜めに切断した。
 倉庫の中に、怒号と悲鳴が上がる。入った瞬間は分からなかったが、倉庫内にいるのは十人かそこらか。大した人数ではない。すぐ終わる。
 ナイフを持って突っ込んできた男の腕を切り落とし、返す刃で腹を撫で斬りにする。赤黒い血とともに内蔵があふれ、男が膝を折る。
 横殴りに襲ってきた鉄パイプを伏せてかわし、横薙ぎに相手の臑を切断する。倒れたところで、頭を踏み砕く。足が脳髄と血に埋まる。
 振り上げた刀身が顎から顔を半分にする。仰向けに男がひっくり返った。
 水平に突き出した刀身が胸の中心を貫く。引き抜くと同時に、胸と口から赤血が吹き出す。
 振り向きざまに首をはねる。首が宙に舞い、動脈から墳血が光る。
 逃げようようとした男を背後から切り伏せ、首を突いて喉を潰す。
 残りは一人。最後の男は、倉庫の隅にへばりついて、震えていた。常世は血を払い、最後の一人の元へと近づく。
「まっ、待てよ、お前何なんだよ」
 常世が寄ると、男が悲鳴のような声を上げた。声からすると、常世に電話をかけてきたのもこの男らしい。
「殺人鬼」
 常世はそれだけ答える。それ以上のことを教えるつもりはない。
 常世は男を見下ろす位置に立つ。男は、失禁しながら哀願を始める。
「頼む、見逃してくれ、何でもする。だから殺すのは待って」
「待たない」
 男が言い終わる前に首をはねた。切れ味がだいぶ落ちた刀では、首はさほど飛ばず、その場で二、三回転してコンクリートの床に転がった。それを追うように、頸動脈が血を吐き出し、気管からも空気が漏れ、全身が痙攣する。転がった男の顔を見下ろす。見開かれた目。半開きになった口。倉庫内を見渡す。辺り一面の、死体と血の海。倉庫の奥に、電気がついていない一角があった。うっすらと、倒れている人影が見える。常世は刀を捨てて、そちらに向かう。
 常代はそこにいた。
 服ははだけ、顔にはいくつもの痣があった。
 その顔は、脇に捨ててあった糸鋸で首の根元から切断されていた。
 血はとっくに止まっていた。
 常世は静かに膝を折り、常代の首を抱き上げた。
「常代――」
 腕の中に常代の頭を抱いて、常世は呟いた。常代の首は、胸に頭を押しつけてきたりはしなかった。ただ、冷たく、うつろな目をしているだけだった。
 常世は、空いたままの常代の目を閉じさせ、衣服を整えてやってから、倉庫を後にした。
 不思議と、涙は出てこなかった。ただ、喪失感だけはあった。それは、あの吸血鬼を失った時の感覚にも、似ていた。
 久遠永久――了

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厳格的殺人鬼社会「春夏秋冬」常冬編
「無常、昼休みになったら生徒指導室に来なさい」
 四時間目の授業が終わったところで、教室から出ていこうとする担任の英語教師に声をかけられた。用件はおそらくいつもと同じだろう。
「わかりました」
 力なく返事をする。いくら注意されても、これは体質なのだから、直しようにも直らない。それにも関わらず、何度も何度も繰り返し注意されるのは、さすがにいささか時代錯誤であると思う。
 授業道具をしまい、制服の上に着たダッフルコートの上にもう一枚ジャンパーを羽織ると、常冬は廊下に出て、生徒指導室に向かった。廊下は、教室内よりも寒い。
 とかくこの世は寒すぎる。
 
 生徒指導室では、担任がすでに座って待ちかまえていた。思えば、今年の四月はまだ優しげな顔をしていたのに、今目の前にいるのは同じ人物かと疑いたくなるくらいの形相をしている。たった三ヶ月でこうも顔が変わるものなのだろうか。
「座りなさい、無常」
 そういわれて、大人しく担任の前に座る。とたんに寒気がした。どうやら、自分の座っている位置に冷房の風が吹き付けているらしい。
「もう何度もいってると思うが、おまえの服装のことだ」
「寒いものはしかたないじゃないですか」
 常冬は当たり前のように返した。自分の体質なのだから、直るものでもないし、人にとやかくいわれるようなことでもない。なにせ寒いのだから。
「だとしても着すぎだろう。一体何枚着てるんだ。今八月だぞ」
「・・・・・・六枚着てますけど」
「おかしいとは思わないのか?」
「ぜんぜん」
 下着の上に、長袖のTシャツやインナー類が三枚、制服のYシャツ、リボン、カーディガン、ベスト、セーター、ブレザー、ダッフルコート、ジャンパー、スカート、タイツ、と、これだけ着てもまだ肌寒い。冷房が当たる。もう一枚服がほしい。そもそもスカートが寒い。男子と同じパンツスタイルにしてほしいくらいだ。
「校則違反だぞ。脱げ。重くないのか」
「大丈夫です。帰っていいですか」
 もう聞きあきた話だ。常冬は立ち上がる。こんな寒い部屋に長くいたくない。
「おいまて常冬」
 立ち上がろうとした常冬の腕を、担任が掴む。
「座れ。脱げ」
 担任の唇が歪む。薄い笑い。たぶん担任は自分が正義だと思っているのだろう。あながち間違ってはいない。人間が殺人鬼をどうしようと、罪にはならない。
「やめてください」
 担任の手を振り払おうとするが、それよりも、相手が覆い被さってくる方が早かった。担任の手が、服の上から常冬の胸をさする。
 罪にはならない。罪にはならないが、常冬は抵抗した。
「やめてください先生!」
 突き上げた指が、担任の左目に突き刺さる。眼球を押しつぶす感触とともに、右手の薬指が眼腔へと入っていく。
「あああああああああああああああああああああああああ」
 担任の体が常冬から離れた。目を押さえ、椅子や机を蹴倒しながら、床にうつ伏せに倒れる。
 立ち上がった常冬は、倒れた椅子の足を掴んで、担任へと振り下ろした。
「やめてください先生!」
 椅子の背を担任の背中に叩きつける。担任の体がエビぞりにのけぞった。担任の口から、血と空気が声にならない叫びとなって漏れる。
「やめてください先生!」
 再度背中に椅子の背を叩きつける。担任の体は大きく痙攣し、空気音とともに血が口から吹き出す。指先はまだ動いている。
「やめてください先生!」
 三度背中に叩きつける。血と空気は漏れだしたが、声は出なかった。指先の動きが止まる。
「やめてください先生!」
 椅子の背を垂直に首へと振り下ろす。首がくの字に曲がり、跳ね上がった顔が見えた。白目、目鼻口からの出血。
「やめてください先生!」
 背を横殴りに担任の頭へスイングする。うつ伏せだった顔が一瞬上を向き、その後で側頭部が床を叩いた。
「やめてください先生!」
 椅子の足の先端を、こめかみに向かって突き下ろす。足が頭の皮膚を破り、頭蓋を破壊し、脳髄を貫通して頭の反対側に抜けた。
「・・・・・・寒」
 常冬はそうつぶやくと、椅子を下ろした。足下には、担任だったものが転がっている。冷房が身に刺さる。常冬は、小さくくしゃみをすると、生徒指導室を後を出た。これ以上は寒くていてられない。
 ◆       ◆
 放課後。
 常冬は部活動はしていないので、常にまっすぐ家に帰る。運動部のようなユニフォームを着ていたら寒くて死んでしまうし、文化部にしても、自由に室温が調節できない以上常冬にとって居心地がよい場所ではなかった。
 常冬の住むアパートは光熱費がかからない、殺人鬼専用の公共宿舎である。人間が殺人鬼を社会からできるだけ遠ざけようと作った施設だが、暖かい場所を作れることに変わりはないので、常冬には都合がよかった。
 自分の部屋に入った常冬は、服を一枚脱いで、エアコンの真下にあるベッドに横になり、布団を頭から被った。常冬が最も幸福だと感じる瞬間だ。
 十分ほどそうして、帰宅途中で冷えた体が暖まったところで、常冬はテレビをつけた。動かずに見れる娯楽として、テレビはとても優秀だと常冬は思う。
 テレビに写っていたのは、公営放送の殺人鬼特集だった。殺人鬼の誕生と殺人鬼法についての二章構成らしかった。
『――殺人鬼の始祖となるのは、一人の男の殺人鬼だといわれています。これは、国が標本として採集した殺人鬼の遺体のDNAや染色体の構造を調査したところ判明したもので・・・・・・』
 殺人鬼というのは、皆血が繋がった兄弟姉妹だということだろうか。とはいえ、人間も、根元的には一つのミトコンドリア・イブに帰結すると聞いたことがある。それは殺人鬼とどう違うのだろう。
『――元々、殺人鬼というのは、犯罪加害者、容疑者の自称であると警察でも思われていました。しかし、世界中で同様の事例が報告され、殺人鬼を名乗る犯罪者たちの細胞や精神構造などを研究するにつれ、彼らが人間とは違った存在であることが明らかになっていったのです・・・・・・』
 姿形が同じだったら同じ人間なのだろうか。逆に言えば、姿形が違うのならば、人間ではないのだろうか。奇形や隻腕、盲目者などは人間ではないのだろうか。
『――これらの殺人鬼に対応するために、日本では、世界各国に先駆けて殺人鬼法を制定、殺人鬼による殺人を、違法としないとするとともに、殺人鬼の数や実態の調査のため、殺人鬼に対して殺人鬼免許を交付し、更新を義務づけました。しかし、この殺人鬼法が必ずしも守られているとはいえません』
 殺人鬼なのだから、人間が作った法律に必ず縛られる訳はない。貯水管理にダムを作ったとしても、豪雨や劣化でダムは決壊するし、ダムを作るにも多額の費用がかかるだろう。
『――我々は、近年ますます増加する殺人鬼に対し、ますます警戒し、殺人鬼に対する理解を深めていく必要があるでしょう・・・・・・』
 殺人鬼は概ね人間を理解している。同様に、人間が殺人鬼を理解することはさほど難しくないだろう。少なくとも、一部の知識人は殺人鬼にどのように対応したらいいのか分かっているだろう。だが、そうではない人間の方が圧倒的に多いのもまた事実だろう。――それが直らない限りは、殺人鬼は人を殺し続けるだろうし、人間は、殺人鬼をおそれ続けるに違いない。
『――近年では、殺人鬼狩りを自称する集団が、日本の都市部や、世界各地の主要都市で出現し・・・・・・』
 テレビはまだ終わっていなかったが、常冬はテレビを消し、もう一度布団を深く被り目を閉じた。部屋は相変わらず暖かい。
 了

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厳格的殺人鬼社会「春夏秋冬」常秋編
 無常常秋は日が暮れた町中を散歩していた。それに、もう十分も前から、後ろから誰かがつけていることも感じ取っていた。周囲には万全の注意をしていたつもりだったが、相手方の執念も相当なものだといえた。
 そもそも、今の日本において、夜、一人で出歩くことがどれほど危険か分かったものではない。女性の夜歩きが危険であるとかの次元ではなく、それこそ、男女が全くの平等に、殺人鬼という危機におののいているのが、日本に限らず、世界中の今だ。
 だが、常秋はそういった殺人鬼に怯える側ではない。むしろ逆――常秋本人が、当の殺人鬼であった。
 だから常秋にとって、背後にひたとついて離れない相手は、それなりに不気味で、理解不能な存在だった。たまたま同じ方向に向かっているということはないだろう。常秋は相手を撒こうと何度か道を変えている。だとすれば、昨今出てきた、いわゆる『殺人鬼狩り』の連中か。
 人間の方も、ただ殺人鬼に殺されてだけいるわけではなかった。殺人鬼というものをなんとか制御しようと、殺人鬼法を制定したり、殺人鬼を公的機関で登用したり、はてまた、殺人鬼に対する自警団を作ったりと、様々に殺人鬼に対する対応策は練られている。その中で、近年急速に台頭してきたのが、殺人鬼狩りを自称する一団である。
 殺人鬼狩りのやることは、いうなれば殺人鬼を集団リンチして、完全に生命活動を停止させることであり、構成員は多くが十代から二十代の若者だ。殺人鬼狩りをしようとして返り討ちにあったりもしているが、それでも、殺人鬼の数が減るならと、多くの場合が黙認されている。中には、自分の手柄を自慢しようと、殺人鬼に対して一体一での殺し合いを求める手合いもいるらしい。
 常秋を追っているのもそれだろうか。
 常秋も、追いかけっこにそろそろ飽きてきたところだった。特に帰るところがあるわけでもないが、こうもつきまとわれてはたまったものではない。
 常秋は近所の公園へと足を進めた。以前はそれなりに人がいる公園だったのだろうが、少なくとも、今は全く人の気配がない。
 公園の真ん中まできたところで、常秋は振り返った。立っていたのは、髪を金と黒で左右に染め分けた男だった。手には、細めの鉄パイプが握られている。
「あんた、殺人鬼だろ」
 質問ではなく確認だった。おそらく、ここで否といったとしても、この男は襲いかかってきただろう。――そういうことが、『できる』人種に違いない。
「そうだ」
 常秋は短くそれに答える。話しても分かることなどない。殺人鬼は人間に対してなにもいうべきことなどない。人間が分かろうと分かるまいと、それは殺人鬼には関係ない。
 男が鋭く一歩踏みだし、鉄パイプでの突きを放ってくる。常秋はそれを後ろに大きく跳んでかわす。そこへ重ねるように下段足下への三連突き、胴への払いが襲ってくる。それらをなんとかかわして、常秋は大きく男と距離を取った。
 獲物の長さもあるだろうが、向こうも相当に慣れている様子だ。主導権を取られれば、本当にやられるだろう。常秋は腰の後ろに差したナイフを引き抜いた。刃渡り十五センチほどの、どこにでもあるようなナイフだ。特に愛着もない。
 男は鉄パイプの先で軽く地面を叩いた後、一息に踏み出してきた。袈裟に降り下ろされる鉄パイプを身をよじってかわす。かわしたまま踏み込み、男が降り下ろした右手の手首に切りつける。手応えがあった後はすぐに身を引く。長物を持った相手にはこれが一番効く。
 男の手首から勢いよく血が流れ出す。思っていたよりも深く切り込めたようだ。男が顔を上げ、再び攻撃してくる。胸の中心への突きは鉄パイプを脇から叩いて受け流し、逆に右腕の肘へと刃を一閃させる。薄い傷だが、ダメージは十分だ。
 常秋の連撃に、男の目の色が変わった。足下へ大きく薙払いをかけてくる。常秋がそれを飛び上がってかわしたところへ、腹をねらった突き。常秋はそれをナイフで受けるが、当然そこで体制が崩れる。着地したところで、下から振りあげられた鉄パイプが右手からナイフを弾きとばした。男が踏み込んでくる。短く持った鉄パイプが腹にたたき込まれ、常秋の腹に激痛が走る。常秋はなんとか鉄パイプを掴むが、先に男の頭突きが頭に入る。よろめいたところで、とどめとばかりに鉄パイプが横殴りに顎をとらえ、常秋はその場に倒れた。
 なかなかやる、と常秋は心外に驚いた。殺人鬼狩りが皆これだけの連中だったとしたら、将来的に、殺人鬼は存在しなくなるのかもしれない。
 顎の骨が折れたかもしれないが、内蔵のダメージは僅か。一方向こうは出血がひどいはずだ。耳に男が歩み寄る音が聞こえてきた。このまま寝ていては、頭を潰され心臓を突かれて死ぬばかりだろう。
 男の足が目の前で止まったところで、常秋は男の足に組み付いた。男の驚いた顔が見える。構わず、間接を極めて男をその場に倒す。男が短く持った鉄パイプで常秋の頭を突いてくるが、逆にその手に噛みつく。男が手を引っ込めようとする前に、小指と薬指を噛みちぎる。瞬間、男の苦悶の声が響く。
 常秋は立ち上がった。男は右手首と肘からの出血、さらに左手の指二本を失って、その場から立ち上がらなかった。常秋は男が手放した鉄パイプを拾い上げた。接続部分を先にして、めいっぱいに長く持つ。そして、力一杯に男の頭に降り下ろした。男の頭が割れて、血液と脳髄がまき散らされる。男は両手を軽く痙攣させ失禁した後、動かなくなった。
 常秋はそれを見遂げると、鉄パイプを捨てて、その場を後にした。
 傷も、明日までには癒えるだろう。
 ◆       ◆
 翌日、目覚めた常秋は、まず顎に手をやった。昨夜の傷はほぼ完全に治っている。今日一日あれば完全に元通りになるだろう。いや、完全な元通りではないか。体の新陳代謝で新たに治ったという通常の人間通りの解釈をすれば、元の通りということはあり得ない。
 常秋は身を起こした。昨夜のねぐらは、ホームレスを刺し殺して得たダンボールハウスだった。すぐ傍らに、血塗れのホームレスの死体が転がっている。殺したのが夜だったおかげで、さほど腐敗も進んでいない。季節がら、だいぶ涼しくなってきたとはいえ、放っておけばすぐに腐敗していくだろう。
 衣服を点検する。あちこちに血の斑点があったが、さほど問題はないだろう。ポケットの中の殺人鬼免許証を確認すると、常秋は外にでた。秋めいたの空気が常秋の顔をなでた。
 ダンボールハウスのあった橋の下から道路にでる。通勤通学の時間帯らしい。先を急ぐ車や、高校生が乗った原付などが多い。
 何か腹に入れておきたところだが、今の時間では、どこの店も開いていないだろう。せいぜいコンビニ程度が関の山だ。殺人鬼はよく人の肉を食すなどといわれるが、常秋は人肉はさほど好みではなかったし、昨日殺したホームレスなどはあまり肉付きがよくなく、生物量的に得ることのできるエネルギーが少ないからあまり食っても意味がない。
 ガードレールの外から道路を眺めながら食事の算段をしていた常秋だったが、突然に交差点からけたたましいブレーキ音がなり、瞬間的に目がいく。見ると、右折しようとした高校生の原付が、対向斜線の乗用車と激突したところだった。
 原付の方は横っ腹からはね飛ばされたようで、原付のパーツと、高校生の鞄の中身が周囲に散らかり、交通を妨げていた。
 乗用車の方もスピードを出していたらしく、正面が大きくへこみ、割れたライトの破片が四散していた。
 高校生は原付から投げ出され、道路の左端に寄せられていた。横たわった体の下に、血が染み出している。跳ねた乗用車の運転手が出てきて、高校生の様子を確かめだした。
 常秋は小さくため息をつく。あれくらいなら運がいいくらいだろう。交通事故にあう確率と、殺人鬼に遭遇する確率、どちらが高いかといえば、答えは一つ「全く同じ」だ。程度の違いこそあれ、ここで交通事故にあうことと、昨日の夜刺し殺されることは全く同じ確率で起こり得たことだ。何に遭遇するかは――運命だとか、そういうもので決まってでもいるのだろうか。
「あんた、殺人鬼かい?」
 唐突に、脇から声をかけられた。声の方を向くと、ホームレス然とした男が、疲れた目でこちらを見ていた。
「どうして分かる?」
 殺人鬼は外見は人間と大差ない。それこそ、殺人鬼狩りのような、鼻のいい奴くらいにしか分からないはずだ。
「さっきそこで、山さん死んでたよ。やったのあんただろ」
 昨夜殺したホームレスの仲間か。
「そうだ」
 常秋が肯定すると、男は顔をくしゃくしゃにして笑って、いった。
「じゃあ、俺も殺してくれ。もうたくさんなんだ」
 常秋はさほど驚かずに男を見つめ返した。男が続ける。
「あそこで、高校生が事故ってるだろ? あんな若い子があそこで事故ってて、俺みたいな未来も何もない奴がこんなところで生きてるのはおかしいだろう。不公平じゃないか」
 男のいうことに感心しつつ、常秋はナイフを懐から出した。常秋は殺人鬼だ。殺せといわれて、殺さない理由はない。
「殺人気にあえるなんて、ラッキーだった」
 常秋は、世界を知るものが減っていくことを実感しつつ、ナイフを男の首へと走らせた。動脈と気管が切断され、血飛沫とともに男の体が傾斜し、河川敷へと転がり落ちていった。
 交差点に目を向ける。事故現場には、救急車が来たところだった。
 了

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厳格的殺人鬼社会「春夏秋冬」常夏編
 深夜の繁華街。
 雑多な人種の群れの中を、一台のパトカーが赤色灯を回りながら進んでいく。すんでのところで誰にもぶつからずに進んでいるが、よっぽど緊急らしく、かなりの危険運転といえた。運転席には、紺の制服に身を包んだ若い警官。後部座席の人物に気をかけながら、サイレンを鳴らすかどうかを迷っているようだ。
 後部座席に乗るのは、一人の女だ。一見しても警官ではない。今が夏場であることを考慮しても、パトカーにストライプのチューブトップ、タイトジーンズ、きつめの赤色にしたポニーテイルという組み合わせは釣りあわない。
「常夏さん」
 運転席の警官が、後部座席の女に声をかけた。女は特に返事をせず、目を動かすだけでそれに答えた。
「後十分ほどでつきますけど、すぐ行けますか」
「トーゼン。余裕」
 愚問とばかりに女がいうと、男は肩を小さくして、その代わりにスピードを上げた。
 ◆
 事件は街の中心部に位置するヘルスで起きていた。一人の男がヘルス内の人間を人質にとり、現金三億円と国外へ逃げることを要求していた。男は何故か軍用銃であるH&KのMP5と青竜刀のような大剣を所持しており、すでに多数の死者が出ているとのこと。警察はこれを異常事態と認識し、警察専属の殺人鬼である無常常夏に解決を依頼。今から一時間半前、十時五十分のことである。
 ◆
 常夏が現場につくと、周囲は深夜だというのに人で溢れかえっていた。人間の汚い部分を目の端に捉えながら、常夏はパトカーのトランクを開けた。そこに積まれているのは、冗談のようなサイズのククリ――ひらがなの「く」の字の形をしたナイフだ。常夏の上半身くらいの大きさはゆうにある。
 常夏は鞘からナイフを抜くと、それを肩に担いで人の群れへ割り込んでいく。人々はその横柄な態度に一時皺を寄せたが、その巨大なナイフを見て、すぐに恐れをなして道を開けていく。殺人鬼という存在に関わりたいと思う人間はそうそう居ない、常夏への視線は冷たい。軽蔑というよりは、恐怖や畏怖の視線だった。
 黄色のテープを潜り抜け、ヘルスの最上階を見上げる。精々四階程度だろうか。低いビルを改造して使っているらしい。
「お疲れ様です」
 常夏の到着に気づいた一部の警察官が、常夏に向かって敬礼する。そこに媚を売るような態度はなかった。あれば、常夏がその場で頭を割っていたところだ。常夏はそれにもさほど反応せずに、わずかにククリを傾けただけだった。
「相手はどこ?」
 ククリを地面に突き立てつつ、常夏が利いた。
「現在は最上階に居ると思われます。階段は入って一番奥です。一応は、人質の保護と犯人の確保が最優先するよう指示が出ていますが……」
「ムリ」
 そうですよね、と警官は半ばあきらめ気味に嘆息すると、周囲の人間に道を開けるよう指示した。常夏はククリを引っ担ぐと、真っ直ぐヘルスへと入っていった。
 ◆       ◆
ヘルスの中はブレーカーが落とされているらしく、薄暗かった。外から警察が入れる光が窓から店内を照らす。常夏はククリの刃のない部分を肩に担いでいる。外気に反して冷え切った刀身が心地よい。
 相手は素人だ、と常夏は判断する。少なくとも、自分と同じような『殺人鬼』ではない。素人ならこちらがダメージを負うことはまずないと思っていいだろう。もっとも、相手がなんだろうと関係はない――そう思った矢先。
「うひゃああああああああっははっははあああ」
 前方の闇から、奇声とともに迫る影。一瞬見えた人影の手元で鋭い光。常夏はククリを薙ぎ払いながら大きく一歩後退。明らかな奇襲だった。だが、直前まで殺気を感じなかったところから、向こうは殺人鬼ではないものの、そこそこ優秀な「人殺し」であることはわかった。
 ――無論、相手が殺人鬼なら殺気など一つも感じないだろう。
「殺人鬼の……姉ちゃんよォォォォォォォ」
 闇から聞こえてくる声。明らかなゲス男の声だった。常夏は耳を澄まして相手との正確な距離を測りつつ、相手の言葉に耳を傾ける。
「殺人鬼のクセして人間なんかの見方しちゃってさああああ~恥ずかしくないの?」
「何で?」
 相手の問いに、常夏は素で聞き返した。テストなら零点だ。
「私は別に、人間の味方をしてるわけじゃない。私はあんな奴らに頼まれなくても人は殺すし、むしろ人を殺す数は増えてるけど。警察関係者も大勢死んでる。何かおかしい?」
「……」
 相手が黙り込んだのを見て、常夏が動いた。ククリを振りかぶり、相手の男へ向けて突進する。向こうが回避する間を与えずに振り下ろす。重さのあるククリは薙ぎ払いには向かないが、振り下ろしならば殊更の破壊力を発揮する。
 戦斧のごとき一撃は、男の左腕を肩から切断、左脚の側面を削り下ろしながらヘルスの廊下まで削る。
 腕一本を代償に、男が常夏の懐に入り込んでくる。男は常夏の足元まで体を沈みこませると、一瞬で股から喉まで切り上げてくる。常夏はククリを引き寄せ柄の部分で防ぎ、そのままの流れでククリを垂直方向の軌道に変化、一息に男の頭部に刃をめり込ませる。
「く」の字の刃は頭部を粉砕、脳を真っ二つにしながら突き進み、背骨に沿って真っ二つに切り下ろす。ククリはそのままコンクリートの床に叩きつけられ、大小の瓦礫を巻き上げて男の死体に降りかける。床に血と埃の斑模様が残った。
「……」
 常夏は男の死体を見下ろした。なんて弱い。勝手に騒いでおきながら、それでいてあっさり死んでしまう。
「死ねてよかったね」
 常夏は男に優しく声をかけ、二階へと登っていった。 
 ◆       ◆
  二階は一階に比べ、警察が入れる光が明るかった。犯人が三階にいるという情報を考えれば、二階当たりから照らしておくのが当然なのかもしれない。常夏が階段に足をかけたところで、廊下に面した一室の扉が開いた。常夏は咄嗟にククリを構えるが、すぐに殺気も何もないことに気づく。
 部屋から飛び出してきたのは、半裸の女だった。ずっと隠れていたのか、目に涙を浮かべがらこちらへ向かってくる。常夏が警戒を解いてククリを下ろそうとした直後、
「し、死ぃにたくないいいひいいいぃぃっ!」
 女の目が絶叫とともに見開かれ、常夏はククリよりも早く、拳を女の腹に叩き込む。女の体がきりもみに回転しながら後ろの廊下へと吹き飛ばされる。廊下の奥の闇に消えたところで、爆発。女の肉片と血が常夏のもとへ飛来する。常夏はようやく自分が油断していたことに気づいた。今まで隠れていた人間が、どうして警察でもない人間の前にのこのことあらわれるのか。どう考えても罠だった。
「ひゃああああ」
「ひいいいいい」
「ああああああ」
 三つの声と三つの影。今のと同じ人間爆弾の三人か。爆発の一瞬前に、常夏は正面の金髪の頭に組み付き、半回転で首を折る。金髪の背を蹴って距離をとり、空中で一回転して二人目の色黒の女の頭を割る。着地と同時にククリを水平に旋回させ、最後尾にいた色黒茶髪の女の首を刎ねる。色黒茶髪の脇をすり抜けて転がった直後、三人がほぼ同じタイミングで爆砕、常夏の背中にたっぷりと血と肉片が降りかかる。びちゃびちゃという音とともに、三つの命がただの肉塊になっていく。
 人が人として死ねるのは、人の形を持って死んだときだけだ。この有様では、人は人と呼べない。
 常夏は油断しながら、憤りを覚えていた。人間が人間の命をもて遊ぶ行為。殺人鬼であるが故の感情だった。
 三階へと上がろうと、階段に足をかけた。
 ◆       ◆
  常夏が三階に上がると、すぐそこにマシンガンを抱えた男が立っていた。男の顔は軍人然とした引き締まった表情で、常夏を待ち構えていた。
「警察の殺人鬼と聞いている」
 男が口を開いた。重みのある、気が引き締まりそうな声音だった。
「俺は瀬川康一。お前と、勝負がしたい」
 康一と名乗った男はマシンガン――H&KMP5を常夏に向けた。暗がりでよく見えないが、背中には常夏のククリと同等のサイズはあろうかという刃物があった。
「私は無常常夏。いいよ別に、殺したげる」
 請負は易い。おそらく、向こうもわかっているはずだ――――
 勝負には、ならないと。
「――っふ!」
 先手は常夏が取った。肩口に構えたククリを真一文字に康一の頭頂へ向け振り下ろす。康一はそれを後ろに身を引くことで回避、マシンガンを応射、数発が常夏の脚を捕らえる。一瞬バランスを崩すが、即座に持ち直し、ククリを噴水のような勢いで振り上げる。康一はそれを体を逸らしつつ後退して回避、そこから変化した横薙ぎの剣閃も身を屈めて回避した。
 常夏が追撃しようとしたところで、康一の撃った銃弾が顔面を削り取っていく。脳の一部が吹き飛んだが、殺人鬼である常夏にとっては大した問題ではない。康一が驚くのも構わず前進し、ククリを振るい、康一の手の中のマシンガンを両断する。康一は驚愕しつつも、背の刃物に手を伸ばした。常夏もそれを許すほどではない、即座に刃を返し、「く」の字刃の内側に巻き込むように康一に切りかかる。康一がしゃがみこんで回避しようとするが、すかさず太刀筋を変化させ、斜めの切り下ろしに変化させる。ククリの刃が、康一の肩へと吸い込まれる。そのままククリは康一の体を両断――――しなかった。
 ククリが康一の体を輪切りにする直前、常夏と康一の、外に面した壁が吹き飛んだ。外から何か打ち込まれた、と判じるのとほぼ同時に、常夏の意識が跳んだ。
 ◆
「……続けていけ!」
 常夏が突入したビルの外で、桐原の指示がとぶ。桐原の指示に従い、戸惑いつつも、周囲の警官が催涙弾や音響弾を投げ込んでいく。
 桐原は必死だった。いかに人間に協力しているとはいえ、相手は殺人鬼なのだ。いつどこでこちらに刃を向けるかわかったものではない。早めに手を切るべきだと何度も上に掛け合ったが、上はまるで聞こうとしない。もしここで無常常夏を殺しそこなえば、自分は班長としての立場を追われるばかりか、殺人鬼自身からも報復を受けるだろう。そんなことになれば、命はない。なんとしても、無常常夏を殺さなければいけないのだ。殺してしまえば、後はどうとでもなる。
「一班から順に突入しろ、犯人の確保より、殺人鬼の始末を優先だ!」
 ◆
「う……」
 常夏が身を起こすと、辺りは瓦礫の山だった。部屋が二、三大穴を空けてつながっており、一つの巨大な部屋となって、外にその内部を晒していた。
 外から何か撃ってきた――おそらくは、テロリスト仲間ではなく、警察関係者からの攻撃だと察しがつく。この状況は、自分を狙うのに絶好の機会だ。もし自分を疎んじている者がいるなら、このタイミングはある意味完璧だ。
 常夏は奥の部屋に転がっていたククリを拾い上げた。表面の傷は増えているが、使用には問題ないだろう。さっきまで戦っていた男は、今ので多分死んだだろう。殺人鬼ならば大丈夫だろうが、まさか普通の人間が今のような奇襲攻撃を受けて生きているはずがない。常夏は上の階への階段を探す。今回の件はこれで手仕舞いだ。とりあえず、上にいる人間を皆殺しにして帰ろう。
 階段は瓦礫が邪魔して道が半ば閉ざされていた。ククリの峰の部分で大きな欠片を払い、何とか隙間を作り、その中に潜り込む。暗いものの、奥には階段が残っていた。人質とやらは、この先にいるのだろう。
 階段の先の、鉄製の扉を開ける。扉の先には、裸の女、服を着た女、服を着た男――おそらく、ここの従業員たちだろう。テロリストたちにここに集められていたということか。
「さ……殺人鬼?」
 暗がりの中から、誰かが一言呟いた。誰でもわかる。このような場に、ククリを持って入ってくるなど、殺人鬼以外にいない。
 殺人鬼、と聞いて、即座に、部屋中に恐怖と怯えが広がっていく。ただ、誰も動かない。テロリストに続いて殺人鬼なのだから、動けないのも、十分わかる。
 常夏はククリを肩に掲げる。部屋中の視線が、常夏の武器へと注がれる。
 部屋の外からは足音が聞こえてくる。テロリストがわざわざ殺人鬼にかかってくるとは思えない。来るとしたら、常夏を始末しようという、警察の人間だろう。ならば、やることは一つしかない。殺すだけ。
 常夏のククリが振り下ろされる。袈裟に振り下ろされたくの字の刃は、目の前の全裸の女二人の首を刎ねた。首が驚いたような表情のまま転がり、間を開けず首から血があふれる。
「ひ……っ!」
「動くな」
 上がりそうになった悲鳴を、一声で抑えさせる。足音は、ますます迫ってくる。
「ここでじっとしてて」
 それだけいって、常夏は部屋を出る。階段を上る音が聞こえてくる。銃を持っている気配は間違いない。
 常夏は扉を乱暴に閉めると、ククリを肩口に構えなおした。
常夏編――了

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

厳格的殺人鬼社会「春夏秋冬」常春編
 無常常春が目を覚ますと、自分の手が死体の口の中だった。どうせ寝相が悪かっただけだろう、と自分を納得させると、毛布の上の眼球を払いのけ、ベッドから起き上がる。
 足元にあった生剥ぎの皮で足を滑らせながら、階段を下りて一階のキッチンへ。キッチンへの扉に腸が巻きついていたので、引きちぎって捨てておく。
 いつも通りの腐敗臭を胸いっぱいに吸い込み、今日も朝が来たことを実感する。冷蔵庫から野菜ジュースを取り出し、食器棚からコップをとってそれに注ぐ。
 野菜ジュースを飲みながら、テーブルの上のクラッカーを取る。それを電子レンジの角皿にあけ、上にチーズとケチャップをぶっかける。レンジを二分に設定すると、飲み終わったジュースのコップを流し台において、新聞を取りに行く。
 玄関の扉には、ノブをがっしりと握った右手が、肘の辺りからくっついていた。常春は切断面を持ってノブを回し、器用に扉を開けた。靴は履き替えず、裸足のまま外に出る。
 新聞受けには、朝刊と、一通の封書が入っていた。水頃市の端であるこの辺の地区は、この時間に配達がくるはずが無い、常春は裏返して差出人を見る。
 差出人は、『殺人鬼免許交付センター』となっていた。そういえば、この前の免許更新からそろそろ一年経つころだ。封を破ると、一枚の地図と、案内の文書が入っていた。
『無常常春殿
 前回の免許更新から一年が過ぎましたので、免許更新の通知致します。今週中に、別途の地図に記しました場所までお越し願います』
 常春は地図を見た。水頃市の丁度反対側だ。これならば、今日中に行ってきたほうがいいのかもしれない。常春は、今回はどんな試験が行われるのか不安に思いつつも、部屋に戻った。
 ◆       ◆
 常春が試験会場につくと、自動的に職員が常春を案内した。胸には殺人鬼教会のロゴ入りバッヂ。
 前年と同じように、広めの立方体の部屋に連れられる。精々十×十という広さで、全ての平面が白で塗装されている。その白が途切れるのは、壁の一番上に設置されている監視用ののぞき窓と、天井に用意されたシャワー、床の排水溝、その程度だ。
 常春が少し待っていると、入り口の扉が開き、二人の男が入ってきた。
 一人は面接官で、箱の上に担当やナイフ、ククリや青竜刀といった刃物形の凶器が置かれている。面接官は白衣に身を包み、冷たい目で常春を見ている。
 もう一人は、手錠で両手を繋がれた男だった。頭には布を被せられており、これから何が起こるのかわかっていない様子だ。
 試験官は無言で常春に凶器を選ばせた。常春は少しの間迷っていたが、結局、刃渡り十センチほどの短刀を選んだ。普段一番使い慣れているナイフに近かったからだ。試験官は手錠をされていた男の布を外し、手錠も外した。試験官は常春のものと似通ったナイフを渡すと、男の困惑顔もそのままに部屋から出て行った。
 やがて、部屋全体に響き渡る音量で放送が始まる。
『試験者、無常常春。対戦死刑囚は斉藤祐市。間違いありませんね?』
 質問というよりも、ただの確認だった。有無を言わせぬ迫力がある。斉藤はますます困惑の色を強めた。
『では、試験者はいつも通りに。対戦死刑囚に説明します。これが貴方の死刑方法です。貴方にはこれから殺しあってもらいます。負ければ死にますが、勝てば釈放します。説明は以上です』
 斉藤の顔が汚らしく歪んだ。それと同時に、試験開始のブザー、十一時丁度のブザーが鳴り響く。
 常春の動きは一瞬、春疾風のごとき。短刀の一閃は斉藤の腹部を深く切り裂いた。
「ぎゃああああああ、痛いぃひぃいいい」
 斉藤はその痛みに飛び跳ね、ナイフを取り落とす。常春は失望したような表情を浮かべながら、ナイフを逆手に構え直した。横に一閃。斉藤の両の眼球がきれいに裂けた。
「ひいい!? 暗い、暗いよおおお」
 斉藤は暗所恐怖の兆候を見せながら床を転がっていく。純白の床が赤く染まっていく。常春は激しくのた打ち回る斉藤の動きをものともせず、短刀で斉藤の右手首を切断した。断面から鮮血が噴出し、床に白と赤のコントラストを作る。斉藤の動きが止まりかけたところで、常春の槍のような蹴りが斉藤を大きく後ろへ吹っ飛ばす。斉藤はよろよろと立ち上がるが、そこへ常春が襲来する。
「いやああ、死にたくないぃ、死にたくないぃっぃいぃぃぃぃっぃ」
 常春の手の中の短刀が舞い踊る。
 斉藤の足首が切り落とされた。
 斉藤の右腕が肘から切断された。
 斉藤の左耳が切り落とされた。
 斉藤の左足が太ももの半ばで切断された。
「あ、あはは、ははは」
 笑い始めた斉藤の首が墳血とともに切断された。
『――終了してください』
 アナウンスがかかり、常春は手を止めた。丁度、斉藤の首が転がって行き、反対側の壁にぶつかったところだった。
 ◆       ◆
  常春は試験を終え、電車で帰路についていた。免許は即日交付で、その場で顔写真を撮ってから新品の免許が渡された。免許とはいっても、生年月日と顔写真、人物の性癖や備考なども記された、簡単なプロフィールカードとなっている。
 いくら常春とはいえども、自分の免許を人前で出したりはしない。今でも殺人鬼を恐れている人間は多い。この大多数が集まる電車の中では、すぐにパニック状態になるだろう。それもまたつまらないことではないが、今はそんな気分ではなかった。
 やがて電車は常春の降りる駅に到着する。今日は一人ぐらい殺しておこうか、それとも今日は殺さずに明日にしようか。駅の改札を通り、駅前の商店街へと抜ける。商店街を抜ければ、すぐに自宅が見えてくる。それまで誰か殺すかどうかは、常春も解らない。
「あの、殺人鬼の方ですよね?」
 八百屋の辺りに差し掛かったところで、そのように声をかけられた。声の方向を振り向くと、そこには三十代半ばほどの女性が立っていた。常春は辺りを見渡す。周囲に目立った人ごみはいない、立ち止まって話しても不審がられることは無いだろう。傍から見れば、他愛の無い世間話をしているようにしか見えないはずだ。
「そうですけども……何か御用ですか?」
 微笑みながら常春は答える。ポケットの中のナイフに手を伸ばす。最近使っていないナイフに手を伸ばす。レザーの柄の感触と、刀身の冷え冷えとした刀身の気配。
「私は、夫を殺人鬼に殺された物です」
「はあ」
 それがどうしたというか、常春はため息をついた。殺人鬼が人を殺して何が悪いのか。普通のことだ。
「何故、貴方たちは人を殺すのですか? 何故夫を殺したのですか?」
 常春は一瞬考えるような素振をした。相手の愚かさに、気味の悪い微笑が浮かんでくる。
「それはですね、奥さん、殺人鬼の誰も知らないと思いますよ」
 相手の顔が驚きに変わる。そのまま咎めるような表情に変わり、その顔と口調で言葉が漏れていく。
「じゃあ――どうして人を殺したりするんですか? 夫は何故死ななければいけなかったんですか? 夫以外にも、死ぬべき人はいるんじゃないですか?」
 夫人の気迫に、常春も一瞬たじろいだ。だが、それだけだった。
「貴方がそう思うのは当然です。人の死は誰にも予期できません。貴方のご主人がどのような人物だったのかはわかりませんが、きっと貴方にとってはよき夫だったのでしょう。ですが、死は平等です。良い人も悪い人もいずれ果てます。貴方の周りに良い人が少なかったのか、貴方の周りに悪い人が多かったのか、そのどちらかだったんでしょう。人は良い人の死を悼み悪い人の死を喜びます。人間とはそういうものです。貴方のご主人が亡くなったことは悲しいことです。でも、どうしようもないことです。人の死を止める力は、人間にも殺人鬼にもありません。酷い言い方になりますが、『運が悪かった』ということです』
「運……」
「そう、運です。不幸とか幸運とかそういった程度の話じゃありません。人生の中にある無数の地雷を、避けて通るか踏んでしまうかということです。助かることもあれば、即死してしまうこともあるでしょう。ご主人は運の悪いことに、今回は即死する地雷を踏んでしまったのです。そして地雷が殺人鬼だったのです。運が悪かったですね。では、ご主人の魂が報われるよう願っています」
 相手が二の句を継ごうとしていたが、常春は、どこかぼんやりと何の気も無しにポケットからナイフを取り出していた。
「でもあんたも死ね」
 一瞬の間があってから、ナイフが作った風が流れた。女性の首から上が綺麗に吹き飛ばされ、八百屋のトマトの中に突っ込んでトマトと血が入り混じった巨大トマトが完成する。首の切断面と胴体の切断面から、血が交差するようにあふれだす。辺りから悲鳴が上がるが、常春はナイフの血を路上に払い歩き出す。
 今自分が殺した相手の顔も、もう思い出せなかった。

常春編――了

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