プロフィール

少色

Author:少色
     syousiki
     

一応アドレス
sanzikaro☆
mail.goo.ne.jp

☆を@に変えて、上下を連結のこと。

Twitter始めました

ブログを更新するのが面倒だから

こうしています。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

FC2ブログランキング

FC2 Blog Ranking

しょーしきのしょーじきしんどい。
少色適当なことを適当に書きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

妹の兄に対する呼称まとめ(暫定版
 妹の兄に対する呼称のまとめ
 
 妹の兄に対する呼称は様々であるが、今回は、1.甘え系と2.尊敬の二つに分けることを提案したい。以下は、その一例である。

 1.甘え系
 「お兄ちゃん」「兄ちゃん」「おにい」「にぃに」「おにいちゃま」「あにぃ」「おにいたま」「兄貴」「アニキ」「兄くん」「兄チャマ」「兄や」

 2.尊敬系
 「兄さん」「兄上様」「お兄様」「にいさま」「兄君様」

 尊敬系は、甘え系に対してサンプル不足が感じられるが、甘え系のほとんどはシスタープリンセスからとったものであり、シスタープリンセスは一概して尊敬系の呼称が少ないと考えることができる。
 さて、サンプルとしてあげた甘え系と尊敬系の、個別の考察に移りたい。
 
 まず、甘え系は、「お兄ちゃん」を筆頭として、その亜主、変形系が全体の多くを占めていると考えることができそうである。お兄ちゃんの変形系に入らないものとしては「兄貴」があげられるが、これは兄に対して攻撃的、あるいは口の悪い妹との例として、甘え系に分類した。
 
 次に、尊敬系であるが、「兄さん」を基本的部分として、尊敬・遠慮の感情が見て取れる。同様に、甘え系にはない家そのものの品格らしき物も現れ、甘え系は庶民派、尊敬系は上流派ということがいえるであろう。

 続いて、甘え系と尊敬系のキャラクター造形について考察したい。甘え系の方は、「いわゆる」妹キャラ、世間一般にいわれる萌え系の妹のキャラクター造形にされることが多いであろう。一般的には、陽気で明るいキャラクターが多く、後輩、ロリキャラを兼ねることもある。一般的には、尊敬系よりも兄との距離は近いことが多い。

 尊敬系のキャラクター造形は、「いわゆる」クール系キャラになることが多い。物静かであるが、実は・・・というキャラクター造形にする事によって物語の幅を広げることができるという便利さもある。(ただし、「アニキ」→「お兄ちゃん」の変化の例もある)また、料理ができるキャラクターが甘え系よりも多いという特徴もあるかもしれない。

 無論、実際は例外が多々あり、細かな点を無視した大雑把な分類という他ない。その他に言及していない点として、兄との同居関係とそれに伴う料理の関係、呼称の変化などがある。とはいえ今これを書いてるのは2010/07/12 00:21現在バスの中なので勘弁していただきたい。

 ちなみに筆者は「兄さん」実妹同居お嬢様派なのでその辺はいろいろとお察しください。
スポンサーサイト

テーマ:⊂⌒~⊃。Д。)⊃アウアウアー - ジャンル:日記

この美しい世界は七夕色であるか?
七夕ですね皆さん。いかがお過ごしですか。
七夕にちなんだ小説なんてどうですか皆さん。

※7月9日訂正。4/3(蛇足)を差し替え。古いverを追記においてあります。


 1/3(少女の短冊)
 わたしは、幼い頃から短冊に「世界が欲しい」と書き続きけてきた。別に目立とうとしているわけでもないし、ふざけてやっているわけでもなかった。物心ついたときから、何となく、心の中で思っていたことを、そういった言葉で表現しただけなのに、幼稚園でも、小学校でも、書き直しを要求された。その度、観念したようにありきたりなお願いを書いた後、こっそりと、無記名で世界が欲しいと短冊に書いてつるし続けた。
 中学校に上がったとき、初めて、わたしの願いを笑わずに聞いてくれる人に出会った。その人との出会いは、中学校での七夕祭で、体育館に置かれた、竹と短冊の下。その人は短冊に、「この世界がすみずみまで美しくなるように」と書いていただけで、顔も名前も分からなかった。でも、その短冊に込められた願いだけで、わたしがその人のことを好きになるには十分だった。会って話をしたかった。その姿が、その声が知りたかった。
 だから、わたしは今年も、短冊に願いを書く。「この世界の美しさが、ほんの少しでも、わたしの物になりますように」。今年は、小さく名前を書いて。

 2/3(少年の短冊)
 去年の学校の七夕祭で、俺は不覚にも泣いていた。「世界が欲しい」と、無記名でかかれた短冊に。手にとって眺めると、「美しい」という文字が、世界の上に一度書かれて、消された痕跡があるのが分かった。周りの友人たちは、その短冊を見て笑っていたが、俺にはそんなことは不可能だった。そもそも、その短冊を見て、笑えるような奴がいる時点で不可能だ。
 俺も、小学校の頃、同じようなことを書いて笑われて、中学校に入った年は、当たり障りのないようなことを書いてお茶を濁した。こいつは、俺がやめてしまったことをやっている。俺は自分自身が無性に恥ずかしくなり、その場でもう一枚、無記名の短冊を書いてつるした。相手がそれに気づいてくれたかどうかは分からないが、とにかく、会って謝りたいとも思った。世界と一人で戦わせてすまない、と。勝手に戦うことをやめてしまってすまない、と。
 とにかく、会って話をするために、一緒に世界と戦うために、最後の七夕祭である今年は、名前を書くことにした。「世界の美しさを知らない者が、一人でも減るように」。

 3/3(短冊いらず)
 一年の頃から七夕祭実行委員会に所属していた僕は、学校の生徒ほぼ全員の短冊に一通り目を通すことができた。校内全員分を僕たち実行委員がひとまとめにして、できるだけばらばらに振り分けて、竹につるすのだ。むろん仕事はつるすだけでなく、回収・後片づけも含まれている。短冊は終了後に希望者に返したりする事もあるので、一度振り分けたものを再び学年ごとにまとめる必要もある。無記名の物も毎年一定数あり、それがまた、記名で書けないような願いばかりでまた笑えるから、いくら大変だとしても、この仕事はやめられない。
 今年も七夕祭のための短冊が集まり、僕たち実行委員会は回収と振り分けを行っていた。学年ができるだけばらばらになるように、混ぜる、混ぜる、混ぜる。
 短冊をかき回していたところで、ふと、一つの短冊が目に留まった。混ぜるのをいったんやめて、短冊を手に取る。男の文字だ。「世界の美しさを知らない者が、一人でも減るように」。どこの誰が書いたのか知らないが、気障なことを書く奴がいるものだ。世界がどうかとか、去年回収するときにも見かけた気がするから、同じ人間だろうか。去年は無記名だったが、今年は記名することにしたのか。
 短冊を戻そうとしたところで、別な短冊が目に留まる。これまた、世界という文字が見える。「この世界の美しさが、ほんの少しでも、わたしの物になりますように」。こちらもまた、何かをこじらせたようなことを書いていやがる。さっきの奴とは別人らしい。こちらも記名してある。二年の女子か。
 僕は何の気もなく、その二つを短冊を混ぜる作業から除外した。こんな訳の分からんことを書くくらいなら、並べてつるしてやったほうが恥ずかしくないし、実際絵になるだろう。僕は短冊を混ぜる作業に戻る。
 先ほど、自分で考えたことを思い出して、自然と笑みがこぼれた。――絵になる、か。
 どうやら僕も、これを書いた二人と同族らしかった。

 4/3(蛇足)
 七月七日の午後六時に、体育館が解放されて、七夕祭が始まりました。開け放たれた体育館の中で、待っていてくれるはずのお姉ちゃんを探します。人は、毎年いっぱいきます。田舎の、たった一つの中学校で行われる小さなお祭りにでも、いろんな人が集まって大騒ぎです。
 全開にされた窓と扉から、風が優しく入ってきました。優しかった風は、笹の葉と短冊をこすりあわせ、体育館全体に涼しげな音を広げました。
 風が揺らした笹の葉と短冊の下に、お姉ちゃんを見つけました。風が、お姉ちゃんのスカートを揺らしていきます。隣に、男の人が立って、お姉ちゃんと同じ方向を見上げていました。風が、男の人のネクタイを揺らしていきます。
 二人は、並びあった短冊を見上げて、目を輝かせているように、わたしには見えました。
[READ MORE...]

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。