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厳格的殺人鬼社会「殺人鬼兄妹」常世・常代編
 瀬条事務は時間通りにバー『ブルーポート』に顔を出した。マスターに挨拶し、いつも通り、自分の指定席であるカウンター脇の奥の二つ並んだ席に座った。この位置は、進んで覗きにこなければ向こう側からは見えず、なおかつ、こちらからは店内の様子が見渡される特殊な場所だ。この店の雇われボディーガードである常世の特権席である。
 マスターが差し出したビールを飲む。ボディーガード特権で、酒はただに近い値段で飲めるし、寝床も確保できる。――殺人鬼である瀬条にとって、ボディーガードというのは天職だといえた。
 近年、殺人鬼を自称する人間の無差別殺人が立て続けに起き、それに対抗して殺人鬼狩りを標榜する自警団が登場するなどした結果、日本の、特に人口が密集する都市部などの治安は悪化する一方だ。そこで、個人の店や企業などでも、特別にボディーガードを雇うことが多くなった。瀬条もそういった例の一部だ。
 特に今日は週末と言うこともあり、それなりの人入りが予想される。どこでも事情は同じだろうが、週末と給料日後はボディーガードは忙しい。
 瀬条が店に来てから一時間もした頃、一人の女が入ってきた。若い女だ。年は瀬条と比べて、二つか三つ下だろうか。やけに息を切らして、入るなり携帯電話を取り出し、当たりをせわしなく見回している。
 女はなにやらカウンター越しにマスターに声をかけた。マスターも細かく何度も頷くと、今度は体の向きを変え、瀬条の方に声をかけてきた。
「瀬条君、この子、今ストーカーに追われてるんだって。そっちの席に隠してくれないかな?」
 逃げている途中でこの店に入ったのか。ずいぶんと切羽詰まっているらしい。
「いいですよ」
 瀬条はすぐに同意した。特に断る理由もないし、マスターが頼んでくると言うのなら、ボディーガードである瀬条の仕事でもある。それに、女と一緒に酒の席に着くのは久しぶりだった。
 マスターが女の方に戻り、瀬条が了承した旨を伝える。女はすぐにこちらにやってきて、瀬条の隣の席に座った。
「突然すいません。あの人、本当にしつこくて」
 座った女の顔に、どうも見覚えがある気がした。髪はわずかに赤い程度で、服装も勤め人らしいパンツルックで、どこにでもいそうな女だったが、何か引っかかるような雰囲気が合った。
 向こうも何となくそれを感じたのか、しばらく瀬条の顔を眺め、そして顔を逸らした。
「・・・・・・なにか、頼めば」
 間が持たなくなって、瀬条はそういった。隠れるにしても、何も頼まずにこんなところにいたとなると不自然だろう。
「あ、私、お酒はあんまり・・・・・・」
 じゃあ何でこんなところに逃げてきた。
「あの、私のイメージと合わないから、撒けるかなって思って・・・・・・」
 少しは頭が回るらしい。ストーカーがどんな人間かは分からないが、あれは人の幻想を追いかけるものだ。自分のイメージに反するところに行くのは効果的かもしれない。
「じゃあ、ジンジャーエールでも」
 瀬条はマスターにそう告げた。瀬条もビールをジンジャーエールで割るシャンディガフにしたいと思っていたところだった。
 マスターもそこの所はよく分かっているのか、ジンジャーエールの栓を二本抜き、グラスに注いで女の前に置き、もう一杯をシャンディガフにして瀬条の前に置いた。
 女は遠慮がちに、ジンジャーエールのグラスを傾けた。少しの間があってから、女の目が見開かれ、むせながらグラスをカウンターに音を立てて置いた。
「辛っ、なんでずかっ、これ、辛っ」
 しかも涙目だ。
「何ってジンジャーエール・・・・・・マスター、これラベルどっち?」
「茶」
 やっぱり。マスターも人が悪い。
 ブルーポートでジンジャーエールといえばウィルキンソンジンジャーエールのことをさす。一応、刺激が強い茶ラベルと刺激が弱い赤ラベルのドライもあるのだが、何もいわなければ茶ラベルがでてくる。何も知らされずに飲めば、今この女のようになるに決まっている。
「これ辛口なんだよ、普通のと比べて」
 瀬条は今更のようにいうが、さすがに遅い。瀬条はため息をつきつつ、自分の分のシャンディガフを口に運んだ。ビールの苦みに、ジンジャーエールの刺激が合わさって喉にくる。
 瀬条がグラスを置いたところで、店の入り口の扉がけたたましい音とともに開けられ、一人の男が入ってきた。携帯の画面を見つつ、辺りをきょろきょろと見回す。
「あの、ここに女の人来ませんでしたか?」
 男が声を張り上げて言った。店中に沈黙が満ちる。マスターが「知らないよ」と呆れた様な口調で言いつつ、グラスを拭いて棚にしまう。相手にしない方向で行くつもりらしい。
「あれか?」
 瀬条が訪ねると、女は顔を歪めながら頷いた。顔も割れているのによくここまでつきまとえるものだ。
 男はマスターと口論になっているようだった。どうやら、最初のマスターの対応が気に食わなかったらしく、執拗に突っかかっている。
「でもここにいるはずなんです! もっと奥の方見せてくださいよ!」
 そういうと、男は携帯の画面をマスターに見せて、瀬条たちがいる奥を指さした。なにか確信があるらしい。女の方は完全にうつむいて、気づかれないかどうか脅えている。なんにせよ、こちらに来られるのは困る。
 瀬条は立ち上がった。同時に、ワイシャツの胸ポケットに入れていたバタフライナイフを手にとる。
「なんの騒ぎだ?」
 声を意識的に低く絞る。しばらく前から、警戒しているときは、自然にこんな声がでるようになってしまった。
「あの、ここに女の人がいるはずなんです。それで、奥の方見せてもらえないで――」
 男がそこまで言ったところで、音を立ててバタフライナイフを開く。男の言葉が止まり、青ざめて後ずさる。
「奥は俺のための席だ。マスターが知らないと言うなら俺も知らない。さっさと消えろ」
 ナイフを横に振り抜く。男がこちらに向けていた携帯電話を、折りたたみ部分から切断する。切断された上半分が、回転して床に落ちた。
「あああ、あっ、あっ」
 男が悲鳴にも似た声を上げて、半分になった携帯と部品を拾う。そんなもの目の前に見せている方が悪い。
「消えろ」
 もう一度男に向けて言う。男は携帯の残骸を拾い集めると、目に涙を浮かべながら店から出ていった。男の足音が聞こえなくなってから、瀬条はバタフライナイフをたたみ、再びポケットに戻すと、元の席に戻った。
「追い払った」
 向こうから見ていたであろう、女に向かって言う。女がすぐに頭を下げてきた。
「ありがとうございます。ずっと困ってたんです」
 自分は大したことはしていない。マスターに頼まれたことをしただけだ。
 瀬条はシャンディガフを飲んで、
「携帯、変えた方がいいかもね。多分、それで居場所がばれてる」
 女にそういった。
「どうしてですか?」
「携帯、いじられてるかもしれないから。位置情報発信するようになってるかも」
 まあ、男の携帯を壊してやったから、必要はないかもしれないが、携帯そのものを変えてしまえば完璧だ。
 瀬条がそう説明すると、女は少し考えてから、
「分かりました。じゃ、変えます」
 と、あっさり言った。拍子抜けすぎる気がしたが、それは本人の決めることだ。瀬条がどうこういうことでもない。
 女は半泣きになりながらもジンジャーエールを全部飲むと、席を立った。
「助けて貰って、ありがとうございました。そろそろ、帰ります」
「ああ――」
 ジンジャーエールの代金は、と一瞬考えたが、瀬条が払った方が安くつく。それでいいだろう。
「それで――あの、また来てもいいですか?」
 帰ろうとした女が、そんなことを言った。鞄を胸の前に抱えながら。
「いつでも。俺はボディーガードだから、毎日来てる」
「はい。次来たら、それ、飲ませてください」
 そういって、瀬条が飲んでいたシャンディガフを指さす。そんなの、家でも飲めるだろうに。
「・・・・・・好きにするといい」
 好きにします、といって女は笑った。
「そういえば、お名前、聞いてもいいですか? お世話になりましたし」
 一度立ち去ろうとして、もう一度振り返って女が言った。くるくると忙しい奴だ。
「瀬条。瀬条事務」
「瀬条さんですね。私、無常常代っていいます。諸行無常の無常に、常に代わるって書いて、常代です」
 ――無常。
 常代。
 無常常代。
「それじゃ、失礼します。瀬条さん」
「・・・・・・それじゃあ――また、今度」
 女――常代は、笑いながら、店を出ていった。店内が、普段通りの音量に戻る。
 瀬条は、シャンディガフをまた一口飲んだ。
 久しぶりに聞いた――己の本来の姓。
 彼女は、無常常代は――瀬条事務、否、無常常世の、妹。
 ◆       ◆
 常代がブルーポートに再び顔を見せたのは三日後だった。仕事を早めに切り上げてきたという彼女は、前回のようなパンツスタイルではなく、全体的に淡い色合いでまとめたスカート姿だった。
「携帯変えました」
 椅子に座るなり、常代はそういって新品同然の携帯電話を見せてきた。
「指紋認証式のやつにしたんです。ほら」
 そういって携帯を開くと、スライド式の認証機の上で指を滑らせる。ロックが解除され、キャラクター物の待ち受けが表示された。
「携帯変えに行ったら、店員の人に、何でこんな状態で使ってたんだって怒れちゃいまして。それで、セキュリティが万全なやつに――」
 常代は、今自分が会話している相手が蒸発した兄だとは気づいていないだろう。瀬条――常世自身、自分の捜索が打ち切られた新聞記事を読んでいる。それに、今、目の前でやけに楽しそうに話を続けている常代に、わざわざ、自分のことを教える気にはなれなかった。消えていた間のことなど――説明しても信じてはくれないだろう。
「あの、瀬条さん?」
 常代の声に、急に現実に引き戻される。
「ごめん、聞いてなかった。なんだっけ?」
 ――ここは平和な場所なのだ。殺人鬼はいても、吸血鬼も、吸血鬼を狩る武装組織もない。
「だから、学校の話ですよ。私、すぐそこの麻沼高校だったんですけど、瀬条さんって、この辺の人だったんですか?」
 そこまで話がとんでたのか。
「えっと、俺もこの辺だよ。麻沼だっけ? 高校もそこ」
「そうなんですか! じゃあ先輩じゃないですか、瀬条さんって今いくつですか?」
「今年で二十八かな」
「えーっ、本当ですか? じゃあ、私の兄と同級生ですよ! 覚えてませんか? 兄は、無常常世っていうんですけど」
 本人だ。
「うーん、どうだったかなあ、多分、同じクラスにはなったことないと思う。変わった名字だから、名前は何となく覚えてるけど。今何してるの?」
 あまりにも白々しい言葉に、吐き気がした。何故自分の正体を隠して、自分の妹に自分の近況を聞いているのだ。
「あ・・・・・・兄は、大学に入ってすぐに、山で遭難して・・・・・・」
「・・・・・・ごめん、嫌なこと聞いたね」
 突然しおらしくなった妹が、急に愛おしく思えてきた。抱きしめて、生きているといってやりたかった。自分が蒸発してから、数えてみれば十年立つ。常代はそのころ、中学三年だったはずだ。あの頃と比べれば、背も伸びたし、体も膨らんだし、髪も長い。だが、声や目、指先は昔のままだ。
 間が持たなくなり、常世はビールを流し込む。自分が生きていると告げることができれば、楽には違いないが。
「でも、瀬条さんって、兄に雰囲気似てる気がします」
 常代が何気なくいったその言葉に、常世はビールを吹き出しそうになった。雰囲気が似ているも何も本人だ。常代は昔から、妙に勘のいいところがある。今に限っていえば、厄介で面倒なことこの上ない。
「そういえば、この前いってたとおり、瀬条さんの飲んでたの飲もうと思うんですけど」
 ――これ以上はよくない。お互いに、互いのことをこれ以上知る前に、これ以上あわない方がいい。常世はまたビールをあおる。
「これって、割合一対一なんですか?」
 常代の声も相まってか、今日は、酔いが回るのがやけに早かった。
 ◆       ◆
 気がつくと、常世はカウンターに突っ伏して眠っていた。背中には毛布が掛けられている。
「起きました?」
 隣の席には常代が座っていた。壁に掛けられた時計を見る。すでに日付が変わっていた。
「疲れてるんですか?」
「・・・・・・そうかもね」
 疲れているかどうかといわれれば、確かに疲れている方だ。この三日間、常代のせいであまり眠れていない。
「この毛布は――」
「あ、店長さんにお借りしました。風邪引いちゃいますよ、こんな寝方してたら」
 ――そういえば、あの吸血鬼とも、同じような会話をした気がする。あのときは、自分が毛布をかける側だったが。
「時間、大丈夫なの? 仕事は?」
 毛布よけながら常代に聞く。普段どんな生活をしてるのか知らないが、こんな時間まで起きていれば普通、翌日の仕事に差し支えるだろう。
「あ、うちはフレックス制なんで、朝は別に何時でもいいんです。・・・・・・今ちょっと、眠いですけど」
 そういうと、常代は小さくあくびをした。心なしか、目もうつろだ。
「・・・・・・ちょっとどころじゃなさそうだし、帰ったら?」
「んー・・・・・・瀬条さんが寝てるから・・・・・・」
 寝ぼけ眼でそういうと、常代はこくこくと頭を揺らし始めた。こんな所で眠られても困る。
「大丈夫ですよー・・・・・・受験勉強してたときはこれくらいの時間まで起きてましたし。兄は、もっと遅くまで勉強してましたよ」
 ぐ、と言葉につまる。そんなところは真似しなくてもいい。
「眠いなら、タクシー呼ぼうか? どこに住んでるの?」
「えー、実家とかです。住所は――」
 そんなにほいほいと実家の住所をいうのはまずいだろう。それに、実家というなら、そこは常世の実家だ。寝ぼけながらいう常代の言葉を右から左に聞き流しつつ、マスターに電話を借りて、タクシーを呼ぶ。ここから常世の実家までは、タクシーを使えば十分かそこらだろう。
 席を立ち、うとうととしている常代に肩を貸しつつ外に引っ張りだし、タクシーを待つ。
「今度、どっかご飯でも行きませんかー?」
 タクシーを待っている間、常代がそう尋ねてきた。体を半分以上常世に預けた格好で、手を離せばそのまま道路に転がりそうだ。
「いいよ。俺はいつでも」
 ――断るべきだとは分かっているのにも関わらず、口はそんな言葉を発する。社交辞令なのか。自分の意思なのか。
「じゃ、明日がいいです。あ、もう今日ですね。仕事終わったら、連絡したいんですけど」
「あー・・・・・・」
 携帯は一応持っているが、ここで常代に教えていいのか。これ以上常代と関わって、本当にいいのか。妹が、妹だとしても、殺人鬼である自分が関わっていいのか。
「いいよ。番号は――」
 結局、常世は携帯を取り出した。ただずるずると、結論を先延ばしするために。十年ぶりにあった妹と、別れがたくて。
「じゃー明日、六時頃になったらかけますねー」
 タクシーがきて、乗り込む直前に、常代はいった。
「じゃあ、明日ね」
 常世もそう返した。タクシーに乗った常代が、小さく手を振ってくる。こちらも、同じくらいに手を振り返す。
 常代が乗ったタクシーが遠ざかるのを見送ると、常世は暗澹たる気持ちでブルーポートの中に戻った。
 ◆       ◆
 朝。ブルーポートの休憩室に設置された簡易ベッドの上で常世は目覚めた。目が覚めたのは携帯電話が鳴ったからで、目覚ましなどを設定しない常世は不審に思ったが、何のことはなく、常代からショートメールで携帯のアドレスが送られてきただけだった。アドレスを登録して、返信しておく。
 時刻は七時を過ぎた頃だった。昼頃までは眠るつもりだったのだが、せっかく目が覚めたところだし、常世はこのまま家に帰ることにした。ベッドをおざなりに片づけ、戸締まりを確認して店を出た。
 常世は安いアパートの一室を借りている。あまりアパートにいることはないが、風呂がついているという条件で一番安い物件を選んだ。もっとも、殺人鬼が服装や衛生を考えても本来意味はないし、家具類はほとんどなく、カーテンもない。
 常代のことを忘れたかった。今日このまま、常代に会わずにそのままどこかへ消えてしまうくらいでもいいかもしれない。ただ、何もいわずに黙って消えてしまえば、それは十年前の自分と同じだ。あのときは、事情が事情だったとはいえ――あのときと全く同じことを妹にしろというのか。何かせめて、常代に一言謝ってから、事実を告げてからでないと、消えるには心苦しい。
 常世がアパートにつくのとほぼ同時に、常代からメールが来た。今日行こうと思っていたというレストランの情報が送られてきた。
 前から行きたかったらしき一文が添えられていたが、その場所は確か、常世が大学に合格したとき、家族総出で食事に行った店だ。店舗改装は何度か行われたらしいが、基本的には変わっていないことが、常代から来たメールから分かった。
 常世は携帯をベッドに放り投げ、クローゼットの中にしまってある、穴だらけの、ボロ雑巾のようなシャツを取り出した。
 九年前――常世が殺人鬼に生ったあの時、着ていた服。吸血鬼の少女との記憶。
「――」
 あの世界から戻ってきたとはいえ、常世は殺人鬼だ。常代はあの吸血鬼の代わりにはならないし、妹を代わりにしようなんてどうかしている。
 今日が最後だ。今日常代に会ったならば、自分が兄だということを告げ、この街を永遠に去ろう。自分がこれ以上、常代を求めぬように。常代が傷つこうと、それは関係ない。ただ常世は、自分の都合でここを去るだけだ。
「――!」
 常世は、シャツを手の中で丸めると、ゴミ箱の中に投げ込んだ。ゴミ箱が衝撃で揺れる。
 ――――しかし常世は、妹を、常代を、あの吸血鬼と同じくらいには、傷つけたくないと、思った。
 あるいはそれ以上に。
 ◆       ◆
 仮眠をとり、シャワーを浴び、髭を剃り、髪をセットし、服を着替えると、時計はすでに午後四時を回っていた。
 このアパートから、約束の店まで行くとすると、それなりに距離がある。ブルーポートとアパート、その周辺でしか行動しない常世には足がない。今のうちにアパートを出た方がいいかもしれない。
 玄関を出たところで、また、携帯が鳴った。常代からのメールだ。
『今日、早く仕事切り上げられそうなので、良かったら、お先に行ってても大丈夫です。予約もしてあります』
 好都合だった。まっすぐ向かえば十分余裕を持って到着できるだろう。常世は鍵をかけて外に出た。
 常代が予約していたレストラン、『水晶の夜』は、常世のアパートから五キロ弱の距離がある。同じ方向に行くバスやタクシーはあるが、常世は歩くことにした。到着の時間を合わせられるように。
 外は丁度日が沈み始めた頃で、学校帰りの学生や、買い物に出かけるのであろう主婦らしき姿が多い。――十年前とは、あまり変わっていないように思える。
 そもそも、何故生まれ育った家の近くに戻ってきたのか。十年前から代わり映えのしない町並みをみながら思う。何か未練があったのか。自分のような人間が――いや、人間ですらなくなってしまったが――今更、故郷に戻ることなど。
 よく通っていた本屋の前を通りかかった。ぱっとしない外観は相変わらずだ。中を覗くと、立ち読みをしつこく注意する店主がレジカウンターにいた。あの頃と変わらない光景だ。そこから二軒先の床屋も、色褪せたポールを回し続けている。この町は変わっていない。だから、帰ってきたということだろうか。
 それとも何か、例えば、常代に会うために――
「瀬条・・・・・・さん? どうして、ここに?」
 脇から声をかけられて、唐突に一気に物思いから連れ戻される。すぐ横に、常代の姿。
「えっとあの、私の働いてるのここなんですよ。出てきたら、丁度そこに瀬条さんが」
 常世が混乱しているところに、常代が解説を加えてきた。常代が指さした方向を見る。最近できたとおぼしき、真新しいビルがあった。
「いや・・・・・・俺も今、行こうとしてたところなんだ。偶然だね」
「はい! すっごい偶然ですね! まるで運命のような狙い方です」
 運命、か。
 これがもし運命だとしたら、まるで悪夢だが。
 ◆       ◆
『水晶の夜』は、外観はだいぶ変わっていたが、内装はあまり変化がなく、店の中の従業員は変わっておらず、メニューもさほど変化がなかった。
「瀬条さん、なんか飲みます?」
「えーと、じゃ、ワインでいいよ」
 思えば、十年前は、合格祝いで父親にビールを飲まされたものだ。あの時は、二、三口で酔っぱらって、常代に肩を貸してもらいながら帰った記憶がある。今では、アルコールを体内に取り込んだり分解したりするのもコントロールできる体質だ。
 その日の常代は常世と同じアルコールを接種し、酔い、饒舌に、初めて会ったとき以上に喋った。子どもの頃のこと、学校のこと、家族のこと――常世のこと。
 曰く、「兄は優しかった」
 曰く、「兄はよく勉強を教えてくれた」
 曰く、「兄はまだどこかで生きていると思う」
 曰く、「兄は私の初恋だった」
 妹からの連続した告白に、常世は酒を飲んで誤魔化すしかなかった。グラスワインを何本もあけ、途中からは安いビールに変え、今までにないくらいのアルコールをコントロールせずにそのまま取り込んだ。
 常代に止められてから、ようやく視界がぼやけ初めていることに気づいた。
「だ、だいじょぶですか? ちょっと飲み過ぎなんじゃ・・・・・・」
 全く大丈夫ではないが、こんなに飲んでいるのは少なくとも目の前にいる常代のせいだ。普段なら、飲むにしてもコントロールしながら飲んでいる。
 なにが初恋だ。ふざけるな。おかげで、おかげで、もう別れの言葉なんて出てこない。無常常世は――もう、無常常代から、離れられそうにない。
 
「・・・・・・ごめんね、調子に乗りすぎて」
 帰り道。常世はタクシーに揺られながら、横に座る常代にそう謝った。あの後、常代に肩を貸してもらい、おぼつかない足取りで外に出て、倒れるようにタクシーに乗り込み今に至っている。
「ほんとですよー、私、早めに仕事切り上げてきたのに」
 常代が常世の腕をつつきながら不満をいってくる。昔、常代がよくやってきた仕草だ。常代も酔っているのだろうか。それとも、常世が酔いすぎていて、何か勘違いしているのか。
「今度、何か、埋め合わせ、するよ・・・・・・」
 ぐらつく視界。吐き気。自分の声。
「えーじゃあ、来週の日曜日、空いてます? 麻沼高校の文化祭なんですけど、一緒に行きません? まだ昔のおんぼろ校舎のまんまなんですよ」
 常代の声。常の感触。常代の体温。
 何かも幻想的で、夢見心地だった。
 ◆       ◆
 翌日の朝か二日後の朝かは分からなかったが、常世は自宅のアパートのトイレで目覚めた。
 便器に半ば顔を突っ込んだような格好で、便器の中には流されていない吐瀉物がたまっていた。目が覚めたところで、そのまま続けざまに吐いた。嘔吐がおさまって、水を流してから、よくも窒息で死ななかったものだとしみじみと思った。ここまで二日酔いがひどいのは、まさに十年ぶりではないか。吐き気はだいぶおさまってはきたが、体は重いし、頭も痛い。症状として出てしまっては、回復するまでに少し時間がかかる。
 ひどい頭痛を抱えて部屋に入ると、床に一枚の紙が落ちていたので、拾い上げる。紙には常世のものではない筆跡が踊っていた。
『瀬条さんへ 昨日は随分酔ってたみたいなので、お部屋にお送りしました。麻沼の文化祭、楽しみにしてます。鍵はポストの中に入れました 常代』
 ――結局、母校の文化祭に行く話は、自分は首を縦に振ったらしい。ほとんど意識はなかったが、多分、常代とのデートということで、勝手に頷いたのだろう。
 メモの通り、ポストの中に鍵が入っていることを確認する。そもそも、本当なら、取られて困るようなものなどなにもない。鍵を取って、メモと一緒にベッドの上に置く。
 常世は、改めて自分の部屋を見渡した。家具類は全くといっていいほどない。服は備え付けのクローゼットに収納できるほどしかないので、衣装ケースは必要ない。本は、読むことはあっても買うことはないので、本棚の類もない。食事もとらないですませようと思えば取らずにすむことができるので、テーブルなどもない。寝るためだけの部屋なので、窓にカーテンもない。
 この部屋を昨日、常代が見たのか。家具類どころか、カーテンすらないこの部屋を。常世はベッドに座り込み、もう一度常代が書いたメモに目を通すと、大の字に横になり、天井を見上げた。改めてみると、お世辞にも綺麗な天井とはいえない。
 頭痛が治まったら、カーテンだけでも買いに行くべきだろうか。
 ◆       ◆
 翌週の日曜日というのは二日後だったのかと思えるほどの早さで、約束していた日が来た。
 常代とは麻沼高校の校門の前で待ち合わせた。常世は開場の十分前に到着していたが、常代は開場から十分後にやってきた。
「すいません、遅くなっちゃいまして」
 小走りやってきた常代は、全体的に暖色系でまとめた、ワンピースの重ね着に、秋めいてきた風をふせぐためか、赤と黄色のストールを羽織っていた。
「大丈夫だよ。待つのは気にしない方だし」
 常代を十年も待たせていることに比べれば、十分程度が何だというのか。
「じゃ、どっか回ってみようか? それとも、何か食べる?」
「あ、プログラムありますよ。私吹奏楽部だったんで、演奏聴いてみたいです」
「いいよ。それじゃあ、そっからにしよう」
 吹奏楽部のステージ発表を聴き(常代曰くほとんどの生徒が親に来ないように言うらしい)、美術部の展示を眺め(名物の、職員室の似顔絵は健在だった)、文芸部の会誌を冷やかし(お世辞にも出来がいいとはいえない詩が数篇載って、三百円)、自然科学部の実験を見物し(液体窒素を大量に使う)、たこ焼きを食べ、焼きそばを食べて、チョコバナナを食べ、午後からはお化け屋敷に入り(入り口にやたら絵の上手い張り紙がしてあった)、最後の余った時間は、演劇部の発表に滑り込んだ(演題は『トリスタンとイゾルデ』だった)。
「楽しかったですね!」
 演劇部の発表が終わって、体育館の外にでたところで、常代がいった。そういう割には、目の端には小さく涙の粒が浮いていた。
「いい話だったね。昔は演劇部なんて、ほとんど人いなかったのに、よくやってたね」
 常世は、涙には気づかない振りをして、昔の話を持ち出した。十年前、常世が麻沼高校にいたころは、演劇部は人数が足りず、文化祭があったところで発表の機会すらなかった泡沫部だった。それが、時間をめいっぱいに使って演劇をできるような部活になっているとは。
「なんか、私が卒業した次の年に、人がいっぱい来たみたいですよ。演技が上手い人が何人かいて、それで今みたいになったって」
「あ、そろそろ一般開放終わりだけど、どうしよっか?」
 常世は時計を見た。時計は一時四十五分。一般開放は二時までだから、そろそろお開きの時間だ。
「そうですねー、あっ」
 不意に、常代が声を上げた。常世も連られて声をあげそうになり、ようやく気づいた。
 時計をした常代の右手と、空いた常世の左が、しっかりと握りあっていた。
 いつからだろう。
 いつ繋いだのか分からない。
 常代は驚いた様子だったが、手は離そうとしなかった。常世も、自分から進んで離そうとは思わなかった。五秒ほどか、五十年ほどかの間が空いてから、常代が、消え入りそうな声で言った。
「・・・・・・夕飯、作りますから、よかったら、私の家、来ませんか?」
「・・・・・・いいよ」
 常世は、震えそうな声で、答えた。
 ◆       ◆
 常代は、生まれた自宅から離れたところに部屋を借りて、一人暮らしをしていた。部屋は小綺麗にまとまっていて、少なくとも、常世の部屋よりは生活感があった。前、実家にいるといってなかったか。
「座っててください」
 常代に言われたとおり、炬燵の脇に座る。間も開けず、常代が紅茶を煎れて持ってきた。紅茶の香りが、常世の鼻にも届く。
 紅茶を置くと、常代はすぐにキッチンに戻っていった。冷蔵庫を開けて、中を見ているような音がする。
「ちょっと待っててください、足りないものがあるんで、買い物行ってきます」
「え」
 常世が返事をする間もなく、ぱたぱたと足音をたてて、常代は外に出ていった。残された常世は、一人、置かれた紅茶に口をつける。少し渋味が強い。
 常代の部屋。化粧台の前には、多くの化粧品、ドライヤー、ヘアアイロン。薄い色のカーテン、同色のベッドカバー。洋服箪笥の上に写真立てが置いてあった。目を凝らす。――家族の、常世の大学の入学式の時の写真だ。
 ――ここまで来てしまった。今からでも逃げられるだろうか。いや、逃げるのは簡単だろう。果たして、逃げてもいいものだろうか。早々に事実を告げなかったのは、常世の責任だ。常代に非は何もない。常代には、傷つけられる理由はない。だが、事実を告げて、常世が去れば、無論そうしなければならないが、常代がどれだけ苦しむか。答えはでず、堂々と巡る。
 残っていた紅茶を一息に飲み干し、ソーサーに音を立てて置く。大きく息を吐く。
 この辺りで買い物に行くとしたら、少し歩かねばならない。姿を消すなら、今が最後のチャンスかもしれない。常世は立ち上がった。立ち上がってから、せめて、書き置きだけでも残そうかという気も湧いてくる。どこまでも、未練が残っている。
 部屋の中で、適当なメモ用紙を探していたところで、部屋のチャイムが鳴った。常代がもう帰ってきたのか。それにしても早いし、第一、何故チャイムを鳴らすのか。自然と、胸ポケットに入れておいたバタフライナイフに手が伸びる。
 再びチャイムが鳴る。常世は息を殺し、気配を殺し、足音を立てずに扉の前に立つと、レンズをのぞき込んだ。そこに見えた姿に、思わず声を上げそうになった。
 立っていたのは、あの日の夜、ブルーポートに来た、常代のストーカーの、あの男だった。まだつきまとっていたのか。
 常世は怒りも露わに扉を開けて、男の前に立った。
「何の用だ」
 最初から威圧的な声をかけた。向こうは、出てきた常世に面食らったようで、「あ、あの時の。な、なんでここに?」と、どもりながらいう。
「こっちの台詞だ。まだ、つきまとってやがるのか」
「ひ、ひ、ひ、うるせえ。あいつは、あいつは僕の女なんだよ。俺が呼べばすぐに股開くような、売女なんだよ」
 男が言い終わるか終わらないかで、常世はバタフライナイフを振るっていた。ナイフが男の首に真一文字に走った。一拍空き、男がよろめいて、背後の壁にもたれて、首に手を当てた。そこまでいって、一気に首から血が吹き出す。男の目が見開かれる。首を押さえた男の手が真っ赤に染まり、足下には血溜まりができ始める。常世は男の目の前に立ち、ナイフを逆手に持ち換え、左目に突き立てた。さすがに今度は男の膝が崩折れ、その場に倒れ込む。悲鳴は、最初の一撃でもう出ない。倒れた男の胸ぐらを掴み、壁に押しつけて無理矢理立たせる。失血性のショックでもうすぐ死ぬだろうが、まだ意識はあるようだ。常世はナイフを再び順手に持ち帰ると、男の胸に突き立てた。そのまま、ナイフの刃が痛むもかまわず、下へと切り下ろしていく。刃が腰の辺りまで達したところで、男の口から多量の血が吐き出され、かろうじて上がっていた首ががくりと落ちた。開かれた腹からは内蔵がこぼれ落ち、血溜まりの上で湯気を上げていた。常世は男の体を離す。肉の塊が水音とともに落下した。
 ナイフもその場に捨てると、常世は、殺した男の体を調べることにした。ポケットから、携帯電話の他、殺人鬼狩りを語る団体の会員証が出てきた。この男のしつこさは、殺人鬼狩り仕込みか。
「瀬条・・・・・・さん?」
 建物の陰から声が聞こえた。振り向いた。
「なに・・・・・・してるんですか」
 常代が立っていた。手に持った買い物袋を、その場に落として。
 見られた。
 常代に見られた。見られた。見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた。
 気づいたときには、もう立ち上がって、常代の脇を通り過ぎたところだった。後ろから、常代の声がかかる。
「待って! 待ってください!」
 後ろから、伸びてきた常代の手が、常世の腕を掴む。
「俺は、殺人鬼だ」
 いいながら、手を振り払おうとするが、常代が手を離さない。
「そんなこと、関係ないです。瀬条さんのこと、好きです。だから、行かないでください」
「俺は――!」
 足を止め、常代に振り返る。
「俺は、俺は、君の兄だ。君の兄の、無常常世だ」
 とっさの弾みで、そう出てきた。常代は、一瞬だけ、驚いたような表情を見せてから、常世に抱きついてきた。
「・・・・・・それも、知ってます」
 今度は、常世の方が驚く番だった。知っていた? 自分が、兄であることを? 無常常世であることを?
「行かないで、お兄ちゃん、お願い、お願いだから・・・・・・」
 そういうと、常代は、ますます強く抱きしめてきた。
 常世は、呆然としながら、おずおずと、常代を、抱きしめ返すしか、なかった。
 ◆       ◆
 その日の夜、常世は自分のアパートで、常代を抱いた。抱かれている間中、常代は目に涙を浮かべていたが、同時に、常世にしがみつきながら、笑っていた。
 十年振りに再会した妹の体は、常世の記憶には無い体だった。あの吸血鬼の小さな体とは、違った柔らかさを持った体。
 行為が終わった後、常世は、腕の中で丸まっている常代に声をかけた。
「常代。一つ教えてくれ。何で、俺が常世だって気づいた?」
 気づかれている気配はなかったし、気づかれないようにもしていた。どこで悟られたんだ。
「んーと、初めて会ったときから、似てるような気はしてたんですけど・・・・・・確か、二回目に会ったとき、タクシー呼んでくれたじゃないですか。そのときですよ。実家の住所、変わってるんです。三軒先に」
 そうか。あのときは確か、常世が行き先を告げて帰したのだ。古いほうの実家の住所を知るのは――常世以外にはいない。
「・・・・・・そうか」
「そうだよ」
 常代は、いたずらっぽく笑うと、常世の胸に、額を押しつけてきた。
「一緒にいてね、お兄ちゃん・・・・・・」
「ああ。ずっと、いてやる」
 常世も、常代の頭を抱きしめ返してやった。
「もっと。十年分、もっと」
 ◆       ◆
 翌日の朝。
 常世が目覚めると、常代が台所に立っていた。思えば、結局昨日はあの後何も食べずに眠ったのだ。
 常世が服を着て起きあがると、常代も気づいたようで、
「あ、台所、借りてるよ」
 と、振り向いて答えた。お湯が沸く音が聞こえる。
「ありあわせだけどご飯作ったから、食べてね」
「お前は? 食べなくていいのか?」
「私、仕事だよ。一回帰って、着替えなきゃ」
 いわれてみればそうだ。常代は昨日から着替えてないのだから一回は帰らないと駄目だろう。
「仕事終わったら、帰ってくるから。夕飯、作っててね?」
「ああ。待ってる」
「じゃあ、いってきます、お兄ちゃん」
 そういって笑いながら、常代は家を出た。常世は、常代が作ってくれた朝食を食べるために、台所へと向かった。
 ◆       ◆
 常代にいわれた通り、夕食の用意をしたのはよかったが、当の常代がなかなか帰ってこなかった。料理はいつでも火を通して、すぐに食べることができる状態にしてあるが、七時を回り、八時を回り、九時を回っても常代は帰ってこなかった。七時頃から、メールを送っても返信はないし、電話も繋がらない。何かあったと考えるのが普通だ。常代の職場の電話番号は分からないし、警察に連絡するのも、昨日の今日で、常代のアパートの前で人が一人死んでいるのだから、得策ではない。
 携帯を片手に、気を揉んでいたところで、アパートの扉をノックする音が聞こえた。思わず、足音を立てて扉に駆け寄り、扉を開ける。
 扉の向こうには、誰もいなかった。走り去っていく足音が遠ざかっていく。誰かのいたずらか。扉を閉めようとしたところで、地面に紙が置かれていることに気づいた。上に何かが載っている。それをよけて、紙を拾い上げる。
『殺人鬼に股を開く売女に死を』
 一瞬、何が書かれているのか理解できなかった。何度か読み返して、ようやく、常代が何者かに襲われたということが分かってきた。昨日殺した殺人鬼狩りの関係か。それに、最初、この紙の上に載っていたもの――口を縛ったコンドームだ。
 紙を握りつぶしたところで、手に持ったままだった携帯が鳴った。常代の番号からだった。
「・・・・・・もしもし」
「もしもーし? 殺人鬼のお兄ちゃんですかー?」
 電話口から聞こえてきたのは、常代の声ではなかった。酔っているのか、やけに上擦った男の声だ。
「可愛かったよー妹さん。たすけて、たすけてお兄ちゃーんって」
「黙れ」
 視界が歪んでくる。手の中の携帯が、みしみしと音を立てた。顔が熱い。
「そう怒んないでよーお兄ちゃん。会いたくないの? 妹さんに」
「どこにいる。早くいえ」
「もーせっかちさんなんだからー。じゃあ、今からいう場所に一人できてねー。武器も持っちゃ駄目よー?」
 男がいう場所を聞き届けると同時に、携帯が手の中で粉々に潰れた。破片が手に食い込み、血が滲んでくる。
「・・・・・・常代」
 声も聞けなかった。
 常代は多分――死んでいる。
 常世は、おぼつかない足取りで道路に出た。目の前の交差点が赤になり、バイクが停止した。
 ◆       ◆
 常世は奪ったバイクを飛ばしていた。男が電話してきた場所は、以前、常世が寝泊まりしていた場所でもあり、道も把握していた。一年前に夜逃げ同然に空になった倉庫跡だ。
 倉庫への道を曲がり、さらにスロットルを回す。
 ――取引をするつもりは無かった。相手が何人いるのかも分からないが、誰一人逃がすつもりは無かった。
 倉庫はシャッターが閉まっていた。スロットルをめいっぱいまで回したところで、バイクから飛び降りる。バイクはそのまま、シャッターを突き破り、穴を開けて、倉庫の中へと滑っていった。
 中から騒ぎ声が聞こえてくる。
 常世は、背負った日本刀を鞘から抜いた。ここに来る中途に、暴力団の事務所を襲撃して奪ってきたものだ。武器は持つなといわれていても、そんなことを聞くつもりはない。
 バイクが開けた穴から、倉庫の中に入る。左側に立っていた男に、無言で切りつける。男が肩口から鮮血をあげながら崩れ落ちる。
「てっ、てっ、てめえ」
 倉庫の奥から誰かが声をあげた。構わず、正面に立ちふさがった男に刀を振り下ろす。刃は男の頭を頭蓋と脳ごと斜めに切断した。
 倉庫の中に、怒号と悲鳴が上がる。入った瞬間は分からなかったが、倉庫内にいるのは十人かそこらか。大した人数ではない。すぐ終わる。
 ナイフを持って突っ込んできた男の腕を切り落とし、返す刃で腹を撫で斬りにする。赤黒い血とともに内蔵があふれ、男が膝を折る。
 横殴りに襲ってきた鉄パイプを伏せてかわし、横薙ぎに相手の臑を切断する。倒れたところで、頭を踏み砕く。足が脳髄と血に埋まる。
 振り上げた刀身が顎から顔を半分にする。仰向けに男がひっくり返った。
 水平に突き出した刀身が胸の中心を貫く。引き抜くと同時に、胸と口から赤血が吹き出す。
 振り向きざまに首をはねる。首が宙に舞い、動脈から墳血が光る。
 逃げようようとした男を背後から切り伏せ、首を突いて喉を潰す。
 残りは一人。最後の男は、倉庫の隅にへばりついて、震えていた。常世は血を払い、最後の一人の元へと近づく。
「まっ、待てよ、お前何なんだよ」
 常世が寄ると、男が悲鳴のような声を上げた。声からすると、常世に電話をかけてきたのもこの男らしい。
「殺人鬼」
 常世はそれだけ答える。それ以上のことを教えるつもりはない。
 常世は男を見下ろす位置に立つ。男は、失禁しながら哀願を始める。
「頼む、見逃してくれ、何でもする。だから殺すのは待って」
「待たない」
 男が言い終わる前に首をはねた。切れ味がだいぶ落ちた刀では、首はさほど飛ばず、その場で二、三回転してコンクリートの床に転がった。それを追うように、頸動脈が血を吐き出し、気管からも空気が漏れ、全身が痙攣する。転がった男の顔を見下ろす。見開かれた目。半開きになった口。倉庫内を見渡す。辺り一面の、死体と血の海。倉庫の奥に、電気がついていない一角があった。うっすらと、倒れている人影が見える。常世は刀を捨てて、そちらに向かう。
 常代はそこにいた。
 服ははだけ、顔にはいくつもの痣があった。
 その顔は、脇に捨ててあった糸鋸で首の根元から切断されていた。
 血はとっくに止まっていた。
 常世は静かに膝を折り、常代の首を抱き上げた。
「常代――」
 腕の中に常代の頭を抱いて、常世は呟いた。常代の首は、胸に頭を押しつけてきたりはしなかった。ただ、冷たく、うつろな目をしているだけだった。
 常世は、空いたままの常代の目を閉じさせ、衣服を整えてやってから、倉庫を後にした。
 不思議と、涙は出てこなかった。ただ、喪失感だけはあった。それは、あの吸血鬼を失った時の感覚にも、似ていた。
 久遠永久――了

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