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しょーしきのしょーじきしんどい。
少色適当なことを適当に書きます。
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しょーしきのしょーせつまとめ
てけとーに小説載せてたわけですけども、まとめた一覧みたいなのがあったらいいかなーとふと思いたち。

<厳格的殺人鬼社会シリーズ>

厳格的殺人鬼社会「吸血鬼食」 2007年ごろ

厳格的殺人鬼社会「殺人鬼兄妹」常世・常代編 2010年ごろ

厳格的殺人鬼社会「殺人鬼兄妹」眞也・眞子編 2006年ごろ

厳格的殺人鬼社会「春夏秋冬」
 常春編 2006年ごろ
 常夏編 2007年ごろ
 常秋編 2010年ごろ
 常冬編 2010年ごろ

厳格的殺人鬼社会 前現来世編 2010年ごろ

 執筆時期ばらばらですが時系列的にこの順番の方が正しいと思われるのでこうなってます。それぞれてけとーに直して文学フリマにて配布した「厳格的殺人鬼社会」に掲載されていたりいなかったり。

木崎任、病院にて 2008年ごろ

 改稿予定。病弱系黒髪ロングがテーマ(大嘘)。

M&B(ミート・アンド・ベット) 2009年ごろ
 
 麻雀小説に見せかけたなにか。おそらく改稿予定。ネタバレ:麻雀卓で人は死なない。

ホーム・コーヒーショップ 2010年ごろ
 twitterを始めてから「書いて!」といわれたので張り切って書いた小説。幼馴染こそ正義にして真理。

この美しい世界は七夕色であるか? 2010年ごろ
 七夕だ! と思って何となく書きなぐった。4/3構成。最後の一つは蛇足。

東大には行かなかったけれど2010年ごろ
 がっつりと闘牌描写を書きたかったのと、あとこの頃雀荘に出入りするようになって、雀荘が出てくる話を書こうと思い立ち。ただこれでイメージしてた雀荘は最近行ってない。M&B(ミート・アンド・ベット)は姉妹作……なのか?

笹と傘 2011年ごろ
 七夕掌編2011ヴァージョン。大体去年と同じ。3時間ぐらいかかった。

トラブラー・トラベラー 2011年ごろ
 前編
 後編
 敷居の住人リスペクト。書いてる途中で震災のせいで舞台が壊滅したので書くのが非常に辛かった。


 しかし仕事が少ない。

 TO BE CONTINUED……?

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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

やろうぜ! 非リア杯!
 IPU非リア杯(仮)
 
 会場:たぶんいつものところ
 日時:24もしくは25に12時間ぐらいできたらいいなあ
 ルール:
 25000点持ちでスタート。
 基本的にはアリアリの赤アリ。
 5人以上いる場合は、3位、4位が入れ替え。
 持ち点関係なしの完全順位性。順位ごとにポイント。
 1位+3 2位+1 3位-1 4位-3
 連帯ポイントをつける。1-2位を連続でとった場合+5。性質上、2ゲーム目から計算する。例えば、1回戦目2着、2回戦目トップだった場合のポイントは、1+3+5=9となる
 単独トビ者にはペナルティとして-5ポイント、トバした者には+5ポイント(ほぼラス確定の者の捨てゲーを防ぐため)
 複数トビの場合は考慮しない。
 
 非リアボーナス
 大会開始から終了時まで携帯がならなかった場合+10ポイント(携帯の電源を切るのは可。なぜならそうやって連絡を絶つ行為が非リア度の高さをますことになるから
 大会開始から終了時まで会場から離れなかった場合+10ポイント(例えば、途中だけど誰か友達に誘われたから帰る、などの行為はギルティー
 

テーマ:麻雀 - ジャンル:ギャンブル

七夕掌編ver2012
 タイトルコールはこくじんさんのスト4AEver2012の公式ナレーションで各自脳内変換してください。
 追記を読むからどうぞ。
 できたら読む前に去年と一昨年の七夕掌編を見て貰えるとより楽しめるかと思います。

 2010→この美しい世界は七夕色であるか?
 2011→笹と傘



[READ MORE...]

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

援助交際とかが嫌いな話
 言葉で世界が変わることについて

 私は援助交際という言葉嫌いである。訂正しよう、大嫌いである。無論援助交際という単語で表される営みが嫌いだというのもあるが、未成年者の素人売春を表す言葉としての援助交際も吐きそうになるくらい嫌いだ。
 同じ理屈で、万引きだとかカツアゲという言葉も嫌いだ。万引きは窃盗です、なんて注釈つけないといけないくらい万引きという言葉によって表される行動が一般化してるのがそもそもおかしい。
 そういう風になった原因がどうだとか、責任は誰がとるのか、みたいなのはともかくとして、そういった単語について疑いを持たずに使っている人々は、私にとって実際にその行動をしている人間と同じくらい見ていたくない存在でもある。援助交際という単語と現象がこうやって残っているのは、その存在を自覚的にせよ無自覚的にせよ受け入れて、他人と共有している人間がいるからなわけで、それが私には我慢ならなぁい(外山耕一風)。
 そういうわけで、私は援助交際をなんとしても未成年素人売春と呼ぶし、援助交際を是として、それに人を取り込もうとしてくる人間に対して、何らかの好意的な感情を持つことができそうにないし、今後持つための努力もする気はないので、いつの日か、援助交際がイースター島のモアイ像の建造理由並に永遠にこの世界から消え去ってくれることを、インターネットの片隅からいわゆる現実に対して祈ることにする。

テーマ:▼どうでもいい話 - ジャンル:日記

消えてしまったあの人について
 自慢だけど、私はフォロワーの中でも割と早くに気づいた方だと思う。朝起きてまずやることがパソコンつけて人事ったーでフォロワーの増減の確認、各種ブックマークの確認、までして異変に気づいた。その時点では人事ったーのデータ上では表示されていなくて、ただ二人分フォローイングとフォロワーが減っていることだけが分かったのみだったのだが、ブックマークの確認でメインのブログとサブのしばらく更新がなかったブログの両方が消えていたことに気づいて愕然とした。でもその時点ではまだ望みというか、探せばいるんだろうし前から話していたmixi辺りにでも非難しているんだろうと思っていて、まったく利用していないmixiにログインしてあの人と友人であろう人を伝ってみた。ところが、Twitterで名前を聞くいろんな人がいるのに、それらしい人が友達一覧にいない。あの人だと判別できるようなアイコンがどこにも存在しない。これにはさすがにびびった。何かの間違いじゃないかと思ってTLを見ていると、どうやらそれに気づいた人がちらほらと見受けられ始めた。土曜日の朝のことである。
 本当はあんまり話題にしないつもりだったのだけど、増田(というらしい)の話を読んだり、だいぶ事実が広まり始めたので、一応、自分にとっての整理について書いておくことにする。というか、研究論文だの教科書だのでないのだから、自分のためでない文章にはなりようがないのかもしれないけど。

 私にとって、インターネットで誰かと交流することは年上の人と交流することだった。話が10年以上遡るがそこからでないと話にならないので勘弁して欲しい。我が家にパソコンとインターネットがきたのは、正確には覚えてないけどOSがMeだったころだ。当時はそれ以前のものなんて全く知らなかったら何の不満もなく使っていたけれど今思えばよくあんなもの使ってたなという話だ。さてその頃からパソコンを使っていたなんていっても大分遅れて入ってきたんだなと思う人もいるかもしれない。しかし、場所は東北の岩手県である。パソコンどころかワープロですらハイカラな土地柄である。少なくとも我が家は同級生連中(といっても1学年1学級で24人しかない)各家の中でも2、3番目の速さでインターネットに触れることが可能になったはず。ちなみに私以外の二人のうち一人は地元で一番いい高校に無事進み、もう一人は高校卒業後浪人して、3.11の頃は東京にいたとかいう話を聞いた。

 当時の私は小学生なわけで、インターネットをしていて年下と交流があることなんてほとんどなかった。ゲームの掲示板やら小説投稿サイト等でチャットをしていても、その人たちは大概が私より年上であり、当然のことながらいろんな技量や経験が圧倒的にあちらが上なわけである。
 
 そういったわけで、私にとってインターネットとは、年上の人たちがすごいことをしているところ、という認識であった。高校の頃は丁度ニュー速vipで野菜レイパーがスイカをレイプしたりケツに人参やらナスやら突っ込んだりしていて、イミフwwwwうはwwwwおkwwwwが現役だった時期であり、この人たちはなんでこんなに面白いんだと思ったり、当時流行していたケータイサイト、エムペとかがニュー速vipの影響で炎上したり学校や氏名と特定されたりしていて、vipperは敵に回すと恐ろしいが味方にすると頼りない、という標語を本気で面白がったりもしていた。
 大学に入ることにはそんな熱は冷めて、何でこいつらは毎度毎度ロリコンの定義で同じような会話をするんだとか、近親相姦の是非について同じ話題をループさせてるんだと苛立つことのほうが多くなっていた。そりゃあ2ちゃんねるは匿名の掲示板であり人も入れ替わるのだから同じ話題が繰り広げられるのに苛立つ欧がアホというもんなんだが、それでもとにかく2ちゃんえるへの情熱はなくなっていた。

 そんな中、Twitterを始めた。やっとTwitterが出てきた。前置きが長すぎた。初めてすぐの頃は何をどうしたらいいのかも良く分からんかったけど、ふぁぼったーとかの周辺サービスとか、ロリで検索sて出てくる人をフォローしてみるとかで、なんとなくどういうものなのかは分かり始めた。私が実写麻雀牌アイコンだった頃の話。転機がきたのは文学フリマに初めて行ったころ。その直前のGW最終日、アニソン三昧を聞きながらさよならピアノソナタを読んで致死的ダメージを受けて、何をトチ狂ったか高校時代に担任から貰った写真の詰め合わせを見て自分に追い討ちをかけたせいでスカイプで5時間を越える通話をして、その数日後には文学フリマに行くための東京行きの高速バスの予約をしたといういきさつがあった。この辺の流れについては、Twitterと文学フリマを私にもたらしてくれた義里さんに感謝しないといけない。
 そして、文学フリマから戻って、その辺りの有名人をフォローしていくと、その人の名前があちらこちらから出てくるようになった。そんな中読んだのが、今ではもう読めないが、AIRと夏についてだったか、とにかく、そういった美しすぎる世界と現実のあまりの違いについての記事だった。GWからの感情の高まりのピークは、間違いなくそこだった。こう思ったのだ。

「そろそろまぜろよ」

 つまり私にとって世界とは年上の人たちからの影響を多分に受けて出来ているものであって、その一端が、今回消えてしまったのだ。私にとってその人たちは、10歳も20歳も年上であり、10年後20年後、同じようなところにたっていられるかといえば、それは不可能だと思う。もし同じ位置に立つことが可能だっていうのなら、それはその存在が私にとってはそこまで特別でないということに他ならない。無論、誰かと全く同じ人間なんて存在せず、何かが良くも悪くも違うというのは分かっているし、自分が何をやっても自分にしかなれない、というのが私が普段から思うところでもある。変に期待するほうが悪い、ということも分かっているし、何かを強要するのは筋違いなのは百も承知だ。だがしかし、それは私にとっては唯一であり、必要だったものなのだ。私は、どこにまぜてもらえばいいんだか、分からなくなってしまう。そういったものを乗り越えて強くなるんだとか自立していくんだとか、そういうありきたりな説教はハナクソの塩味の加減くらいどうでもいいので、聞かない。お前は私じゃないのに、何故私の心が分かると思えるんだ。だから、聞かない。

 最後に。
 もし万が一当人が私のブログを見て、この文章に目を通していたとしたら、ごめんなさい。私がただ思ってることを書きたかっただけで、それによって戻ってきて欲しいとかそういうことをいいたいわけではないです。どういう心境で消えてしまったのかを、完全に理解することは私には不可能かもしれないので、何かを要求したりする権利はどこにもないと承知しています。
 ただ、もし、今回のこともひっくるめて、自分のことを肯定してもいいなという気分になれたら、また戻ってきてくれたら私は嬉しいです。そのときはまた、少女ったーと制服少女ったーと非制服少女ったーの項目についてでも、お話をしましょう。

テーマ:▼どうでもいい話 - ジャンル:日記



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